25年ぶりの台湾を旅する

2015年12月21日〜24日、3泊4日の台湾への旅をしました。
私共の俳句の友人で、中国語を熱心に学んでいる人がいます。
この方の発案で、我ら夫婦ともう一人の女性が加わっての道中です。
飛行機と宿だけを取って、後はのんびり、台北市に焦点を絞ってウロウロ
しよう、という計画。これまでの私の海外旅行は、プランを立てるその時間が
もの凄く充実している。将に目を血走らせて時刻表やら案内書と首っぴき!
だったんですが。

今回は「ホントに明後日出発なのぉ?」と、同居の孫たちが訝しがる程のんびり
構えていました。この「きっかけつけてくれた人」の面倒見のよさ!
我ら夫婦に+1の彼女も、皆で「OOさぁん、どうすんの?」と、母鳥の狩りの
成果を大口開けて待っている「燕の子」状態。
生まれて初めて、「人様に連れて行ってもらう旅」の醍醐味を味わいました。

早朝の羽田空港を飛び立ち、台湾・松山空港まで正味2時間半。空港からホテル
までは車に乗ったと思ったら降りる、という至近距離。まだ午前10時です。
いいですねぇ、近いってのは。荷物を預かってもらってすぐに、地下鉄で「故宮
博物院」へ。ここがお目当ですから。私は25年位前、年上の弟子一人と「女二人
テクテク旅」を致しました。しかし、台湾への二人旅・はあまりお勧めで出来
ません。その訳は食べ物。やはり中華料理は沢山で食べないと。ねぇ。

「故宮博物院」も平日の午前中とあって、比較的楽に見物出来ました。
少し前に、日本にやって来て巡回した同院の「宝物展」のお蔭で、NHKが
丁寧に作ってくれた解説番組を見ていましたから、種々の展示物の見方も解り、
助かりました。

何せ、早朝の出発であった為に、一同お疲れが。そこで一旦ホテルに引き上げて
ひと眠りしてから、夕方街へ出よう、と一決。料理人である夫の一番の楽しみは、
「街歩き・・食べ歩き」だからです。
我らが「案内人殿」は、昨年、1週間の語学研修に台北にご滞在。ですから情報は
ホットです。あっちの角、こっちの街並と美味しそうな屋台を冷やかしては、
ちょっと一口喰い! これって最高に楽しい。
仕上げに入ったお店が、いわゆる「台湾小皿料理」で、おいしかったなぁ。
こういう場合の店選びには、夫の“鼻とカン”が活躍します。

面白いことに台北では、酒を出すのはしっかりした構えの「レストラン」であって、
私たちが食べ歩く「屋台風」の店では酒を飲ませない。何か法律の規制があるので
しょう。そこでたっぷり楽しんだ後はホテルヘ戻ってワイワイ・ガヤガヤ「部屋呑み」
を楽しみます。有難いことに、台北では日本のBSテレビが見られますし。

二日目。人気の「九份」へ出かけました。幸い快晴に恵まれて、歳の暮れだというのに
暑いほどの陽気です。これは楽しいイクスカージョンだった!いろんな面白いものに
出会いましたが、わたしが最も興味を惹かれたのは、日本統治時代の「金鉱山の跡」
でした。大きな鉄格子で閉じられた向うに続くトロッコの線路。草むしたその風景に
戦争・を思いました。

三日目。案内人殿と夫の事前の相談に従い、「台湾大学」へ。夫の願いは「外国の
大学の学食へ行ってみたい」というものでした。
台湾大学は、日本統治時代には「帝国大学」であったのです。今でも台湾第一の難関
校だとか。折しも、我らが行った時は昼少し前で学生さんがどっと授業から食堂へ。
明日はクラスマス・イヴ、日本では「天皇誕生日」(ここでは関係ない・ですね!)
ですが、どうも台湾では「春節」こそ大騒ぎだが、クリスマスはさしたる事もない
らしい。デパートなどに飾られたクリスマス・ツリーは華麗ですが、あれは商売用
という事のようです。大学には常の日々。 食堂にやっと席を見つけて、男たちが
買い出しに、女二人は席の番兵。運ばれてきた「お弁当」には山盛りの料理。
流石は世界に冠たる食いしん坊の国の、将来のエリートたちを養う食べものたち!
何でも、100gいくら、で夥しい種類の料理が並んでいるのだそう。均一値段だから
思い思いに器に盛りつけて、重さを計った貰って支払う、というシステムなんだ
とか。食事の跡で「おまいさんも見て来いよ、後々の土産話に」と促されて女二人、
見学に。確かにどれもこれも食べてみたい、と思う美味しそうなおかずたちでした。
お値段は安い!! いいわねぇ、学生さん。

デザートのアイスクリームを頬張っていたベンチで。ふと見ると立派な図書館があります。
「へぇ〜。立派ねぇ。入れはしないでしょうねぇ」と私。「聞いてみましょうか?」
と案内人殿。で、入れたんです!パスポートを預ければ。
私は「入った所で、何も読めはしないんだけどさぁ・・」と思いながら、唯、立派な
建物と、静かな雰囲気を楽しんでいた。と、「四庫全書はあちら」の看板。
えっ?四庫全書?そんなものが、ここにあるの?と飛び上がる思い。勿論、私には
「猫に小判」の最たるもの。でも、でも。清の最盛期を築いた乾隆帝が、広大な
中国の隅々まで使いを送って集めさせた、という世界最大級の叢書である、という
事は学校で習ったことがある。 ちょっとドキドキするじゃありませんか!

件の書庫の前に立つと、シンとした気分。まずは「経」の部門の手近なものを手に取る。
開いた所で読める訳もなく(楷書の漢字が並んでいるのですから、字そのものは読めますが
ねぇ・・)でも、何だか勝手に満足しておりました。すごいよねぇ。コピーだなんて
しょうもない道具は無い時代です。みんな、手で書写したのですよ!ここにあるのは
そのまた、写しなんでしょうけれど。“台湾まで来た甲斐があったぁ〜〜”と思いました。

更に。台湾大学では面白い出会いがありました。校内を歩いていたら「ピアノ倶楽部音楽会」
のポスター。それが何と今夜(12/23・18:30開演)なんです。わが「案内人殿」も
趣味でビオラを弾く、という人ですから「聴きに行こ・行こ」と即決。疲れてしまって
「ホテルで休んでる」という夫を除く3人で出かけました。
いやー、面白かったですよ。台湾で聴く、学生さんの「西洋音楽」。楽しい旅でした。