ポーランドという国

何だか、遊び歩いてばっかり、で恥ずかしいんですが。2016.1.23〜30.
ポーランドへ行って来ました。

これも人とのご縁でして。ある友人が「ポーランド航空が成田に直行便を
乗り入れるキャンペーン料金でね、凄く安いツァーがあるので行ってくる」と
話していたのです。ウーム、ポーランド。アウシュビッツ強制収容所
ミュージアムが予定に入っているという。 
私はとてもポーランドへ行ってみたく、このミュージアムにも行って
みたかったのですが、個人旅行で旧共産国の中でももう一つ西欧化のテンポが
ゆっくりなこの国へ行くことに自信が持てなかった。
更に、アウシュビッツへの道順を何回か案内書で読んだのだが、はて、個人で
行くのは難しいのでは?との思いが強く、今まで実現していなかったのでした。

これはチャンスかなぁ。万事「ひらめき人間」な所のある私。一人友人を誘って
参加を決断。家族や周囲の者たちは「この極寒の時期にぃ?」とあきれ、中には
「零下30度になる事もあるって言うわよ」なぞと脅す者もおりましたが。
30度はオーバーとしても零下10度には本当になるらしいです。この時期。

しかし、結局行ってよかった。
その理由は。私は「パックは嫌い」と決めつけていましたが、パックツァーにも
利点はあるのです。まず、今回のプランは極めてよく計画されていたことと、
添乗員の質が高かったこと、現地の日本語を話すポーランド人通訳の優秀さです。
個人では到底出来ない旅でした。勿論、やや強行軍のバス移動だとか、見物箇所で
「もっとゆっくり見たいナ」と思う場所もあったとか、ディメリットもありました。
しかし、アウシュビッツ・ミュージアムに行けたのは、ツァーでこそでしたし、
ここの日本人ガイド・中谷 剛氏の案内には心を打たれました。

本や映像で、幾度か見ていた展示物でしたが、現物を、その場所・とんでもない
事が行われた将にその場所で、自分の目で見るという体験は、ちょっと言葉に
し難いものでした。 自分が生まれた年、出生の11か月前に終わった悪夢。
おまけに我々が訪ねた2016.1.26.は、アウシュビッツ解放71年記念日の前日
だったのです。「明日の10時には、この場所にこの収容所の生き残りの方々と
その親族が世界各地から集まります」というスピーチ。「その最も若い証人は
今年71歳。解放の直前にここで奇跡的に生まれた赤ちゃんです」との説明。

何とも言葉を失う。誰一人、所内を歩きながら言葉を発する人はありませんでした。
休憩・質問の時間までは。

そして出発の朝、ホテルから歩ける距離にあった「ワルシャワ蜂起記念館」。
3度も「地図上からポーランドという国か消された」という歴史を知らされると、
日本という国の地理・地勢上の幸運に思いが飛びました。私自身は純粋な
戦後生まれ。しかし、戦争の真っ只中を生きた親に育てられた世代です。
決して同じ悲劇を見ない為に、もう少し自分の国の過去についても、ポーランドと
その周辺の国の歴史についても学ぼう、と思わせられた旅でした。