長い家籠り! 皆様にもご無沙汰しました。

いやはや、前代未聞の災難です。新型コロナウィルス。

日本中の方が、等しく耐えた長い時間。

 

私も最初の内は「あらあら~~」程度の困った感、だったのですが。

4月7日、とうとう出てしまった緊急事態宣言。こうなれば仕方がない。

 3月終り頃から、ちょっと纏まった時間と集中を必要とする仕事が

ありまして。PCの前に座り込んで2週間を暮らしておりました。

3月から4月の最初までは生徒も来ていて、いつもとあまり変わりは

ない生活。

 

 ところが4月7日から、ガラリと生活が変わってしまった。

3月2日、極く親しいピアニストの、とても楽しみにしていたリサイタル

がキャンセルされたのを皮切りに、ぽつぽつとキャンセルのお知らせ。

この辺まではまだ、呑気で「へ~~、延期なのぉ」程度の受け止めでした。

しかし、4月も10日を過ぎると、本当に嵐のようなキャンセルの通知。

 

 このところの私は「出来る限り、音楽会には行こう」という気分で

ご招待頂くと、ほとんど「伺います」の返事を出していた。普段は

いろいろなことに引っかかって「悔しい、惜しい」と思いながら

聴きたい方の会をもお断り、という事が多かったのですが。時には

生徒に無理を言って日程変更。音楽会を優先させていたのでした。

 

それなのに、それなのに。かなり残念な「買ってあった切符」を

泣く泣く払い戻しに応じる騒ぎです。

 

すっかり予定が空きまくり、普段は黒々と書き込みに満ちている私の

手帳に赤ペンで「キャンセル」「~~に延期」がずらりと並んで。

完全家籠りの始まりです。

 

高校から電車通学して、大学・社会人の生活を通してン十年。こんなに

電車に乗らなかったことは初めてですね。

で、これはいかん、と散歩することにしました。夫と二人でせっせと歩く。

幸い、私の住んでいる東京の西・北地域は、まだまだ緑が多く、歩き回る

住宅街は静かで美しい。「不要不急の外出」とは思いません! と、2日に

1度は8000歩を目標に歩いた。リュックを背負い、中には水筒。普段は

自転車がほとんどですが、歩くというのはいいものです。

まず、普段は見過ごしている町内の変化に気が付きます。「おや、こんな

所に新しいマンションが」とか、「この花、何ていうの?」と、私と違って

花に執心の深い夫に聞きながら歩く。 とても新鮮な体験でした。

 

 疲れると、バス停のベンチで休み、ちょっとカフェに入って。

まだ、カフェが開いていたのですね。4月10日位までは。

所が宣言から2-3日で、一つ、また一つとそれらが閉じて行きます。

それなら、普段なかなか行けなかった銀行の用事をと、届け出をさぼって

いた用事を済ませようと出かけて行って驚いた。 入口にはマスクは勿論、

更にフェイス・シールドをつけた行員が、入場制限をしている。ATMに

並ぶのにも「ここまで離れて」と厳重です。ふ~う、すごいなぁ。そして、

届け出みたいな、ちょっと手間のかかる用事は「大変申しかねますが、

現在は普段の半分の人員で廻しているものですから、もし、お急ぎで

なかったらこの状態が回復してからでは、いけないでしょうか」と、

やんわり断られてしまった。初めての経験。はいはい、失礼しました。

こっちは暇だから普段できないことを、なんて考えるけれども、そりゃあ、

先方には迷惑千万。大変失礼しました、と帰って来た。

 

こうなりゃあ、家の中のことするしかないな、と30年も溜まっていた俳句の

整理をすることにしました。毎月7~10句発表しただけなのに、12か月

X30となると、相当なボリュームです。欠けている月を考慮しても。

でも、こんなことでもなければ、とても出来ないことですから、せっせと

働きました。やってみるといろいろな発見があります。

夫が側で「こうしてみると、俳句を作るってのは日記を書くようなもんだな」

と珍しくいいことを云う。本当にそうなんです。

はぁ、鹿児島へ旅したのは、この年だったか、とか、おやまぁ、5歳と3歳の

孫を連れて、ぢぢ+ばばで上野動物園へ行ってる!! なんて、思わぬファミリー

ヒストリーが。 コロナがくれたお土産・です。

 

それも、もう少しの辛抱、という所まで来ました。

有難いことに3月下旬から丸々2か月と10日ほど。コロナにも捕まらずに

風邪も引かずに過ごせたことにほっとしています。

 

また、少しづつこのブログも書いて、皆様とご一緒したいと思っています。

どうぞよろしく。