鹿児島を歩く

 それはそれは、暑い毎日。博多での仕事のついでに、夫と二人で鹿児島へ旅をしました。
私たち夫婦には「俳句」という共通の趣味があります。その俳句会の親しい友人の生まれ故郷が鹿児島郊外、戦争中は特攻隊の出撃基地であった「知覧」であることも関係がありました。

前から一度行って見たかったのです。ガンガン暑い(今年は特に記録的猛暑でした)この夏。それでも記念館はたくさんの人でにぎわっていました。会館の人の説明があり、実際にまだ飛べそうなゼロ式戦闘機が置かれています。
小学生からご老人まで。たくさんの人々にもまれながら、遺書・遺品の山に目を凝らすと、涙腺はまるでゆるくなりますし、海軍少年飛行兵の最年少者は、今、中学2年の孫息子の年に幾年も違わないことが、どうしても思われて。

そして、だんだん腹が立ってきたんです。
「よくもまぁ、ここまで騙してくれたわねぇ」と、声を出す相手もないままに、芯から腹を立てていました。当時のリーダーたちに。軍人、政治家。国を導いた人たちに、です。

 純真な、純粋な少年。まだ人生の何をも見、経験することもない若さが痛々しい。そして残された文章をその母は、父は、祖父母はどんな気持ちで読んだのだろうかと。
言い尽くされて来たことですが、戦争だけはいけません。戦争をしないで済む方法を探さなくては。
夫も私も、唯黙って歩いていました。

 
鹿児島は20数年前まで5年間、毎月和声を教えに通った街です。博多・小倉・鹿児島・宮崎。九州育ちの私は、これらの街に仕事が与えられると嬉々として出かけて行ったものでした。
新幹線が開通して、街はすっかり近代的になり、きれいになりました。人々は親切だし、魚は美味しいし・・・ いい所です。

島津家の別邸では、徳川の時代にこんなものまで?というようなものを作っていた当時の藩主の英邁さに改めて驚嘆。
明治という革命をなし得たのは、海外への窓を密かに開き得た
この地の利と、不思議な位の人材の分布だったのだなぁと。

焦げてしまいそうな夏、ではありましたが、何とか熱中症にもならずに旅を楽しみました。
















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