「説き語り音楽塾」の話をしよう!

 「説き語り音楽塾」なんて、ちょっと変わったネーミングじゃないですか?  自分でもそう思いますよ。 でもこれには私の、結構深いこだわりが秘められているんです。

私の音楽生活史をちょっびりお喋りさせて下さいな。

私が大学を卒業した頃、世の中は東京オリンピックで自信をつけた日本が、高度成長経済を謳歌していた時代でした。卒業の春、前年に設立されていた某楽器メーカーの音楽教室ネットの中枢をなす団体に就職。多くの音楽教室講師さんとのつき合いが始まりました。

その少し前から、この企業の音楽教室の講師さんを主なる対象として「音楽能力検定」というものが実施され始めていて、私はその「受験対策講座」を多く担当するようになりました。何故なら、彼女たちにとって最も不得意な部門が「メロディーに和音をつける」「その和音付に基づいて、簡単なvariationをその場で即興的に弾く」という、私の専門とする分野に根差す試験科目だったからです。足掛け30年以上その仕事をしてきました。

しかし、いつも私を苦しめていたのは「対症療法ではダメ!根っこから治療しなくちゃ」という思いでした。「対症療法」とは、「この形のメロディーには、こう和音をつけて・・」と、よくあるパターンに何の理論的根拠もなく「カン」で和音を当てはめて行こうとする人々を
援助することでした。「仕事」というものは、往々にして自分の「心の叫び」とは矛盾するのが世の常。私も随分と自分を抑えて「お仕事」をして来ました。しかし、その時間が長くなればなるほど、自分の奥底のストレスは増大する。
40代の半ば、とうとう私は我慢がならなくなって、「お仕事」と
「自分が芯から納得できる仕事」を両方やろう、と決心したのです。
勿論、「納得の行く仕事」の方がお金にはなりませんし、手間もかかります。しかし、そのころの私は「芸事を職としてしまった以上、"
これがやりたかったのよ"という仕事をしないで死んだんでは哀し過ぎるじゃないの」という思いでいっぱいでした。

それが「音楽塾」の前身の自宅での勉強会を始めた動機です。
ピアノを弾く、ピアノを教えるには、対象である音楽を正確にしかも深く理解することが大前提です。その為にどうしてもあなたの手が持っていなければならない武器。それはまず第一に「和声が解るあなた」なのです。音楽を把握、理解するのは、まず第一にその曲の調性、和声進行が構築している「音楽エネルギーのうねり」を把握できなくてはなりません。
次に、その理解を「水先案内人」として曲の構造を知り、演奏計画を
自分で書き上げることが出来るようになって欲しい。
更には、音楽史の素養に支えられて「この曲を書いた作曲家はどんな時代に生きたのか、どんな音楽スタイルで曲を書いたのか」をつかめなくてはいけません。

「そういうあなた」になってもらうために、私は20年近く前に「説き語り音楽塾」を始めたのです。何が何だかわからないのに、闇雲にピアノの鍵盤をたたくことを止めて欲しくて。「説き・語る」私の言葉を聞いて欲しくて。そしてその中から、あなたが自分で誰の力も借りないで
楽譜という道具を通して「音楽」と語り合う、そんな力を綯(な)い上げて行って欲しくって。

こんな夢みたいなこと、誰も本気で相手にはしてくれないだろうなぁなんて、ちょっと自虐的な気分だった20年前の私。でも。来てくれたんですよ。1期生が8人! そして、「もうダメかな」って思う程
志願者の少ない年があるかと思うと、その次にはモリモリとやって来てくれる・・・ という不思議が起こって。あらあら、と言ううちに
20年が経ちました。

今は、7年前に切り替えた「フランス流儀の和声法」を心を尽くして学んでくれる塾生と、楽しく月に2回の勉強会をしています。
加えて。一昨年から「バッハをきちんと解りたい」という声に応えて
インヴェンション+シンフォニアを終了し、現在は「平均律の2巻」のフーガの分析も欲張って勉強しています。

「平均律のフーガ」は、音楽大学では必ず弾かされる作品なのに、ほとんどのピアノ科学生が、「それって何?」という本質的な問いを問いかけるチャンスを与えられていない、不思議な作品です。

どうでしょう、一度、見学にいらつしゃいませんか?
フーガ・という古今東西最高に精緻な楽曲形式、その中でも非常に優れた作品であるバッハの平均律と思いっきり仲良くなるために。
「初めの一歩」を踏み出しましょう。  まずは、クラスの見学から・・・

 塾生共々、お待ちしています。

 日程は当HPの「スケジュール」から。
 お問い合わせもこのHPからどうぞ。