スペイン紀行・追加のその

 旅の最後のパリを書いていなかったことに気がつきました。

スペインのマドリードでクリスマスを過ごした我々は、パリへ飛びました。2013.12月28日のことです。宿に荷物を置くとまずは街歩き。
コンコルド広場から凱旋門までのシャンゼリゼ通りが、隙間もなく並ぶ露店の村と化しているのにびっくり。すごい人! ちょっとそれらを冷やかして、後は大通りの歩道に出て、バスに乗ります。
歩いていたんでは、いつ、凱旋門まで行けるか分からないほどの人でですから。

私は大きな誤解をしていたのです。 クリスマス時期のヨーロッパは街々の飾り付けが綺麗よ、と友人に聞かされたことと、若い頃のカナダ暮らしの経験から「クリスマスは家族で過ごすもの、街はきっと静かだわ」と勝手に思っていたのです。
パリ暮らし5年、という友人に「その時期はなぁ〜、パリはお上りサンでいっぱいだよ」と言われたのに「そうなのかなぁ??」と正しく
受け止めなかったのがいけませんでした。

いざ、旅の準備を始めてみると、宿の取り難いこと、高いことにちょっと驚いてはいたのですが。年末の美術館・博物館の開館時間をしっかりチェック。翌日29日は、まずは落とせないルーブル美術館へ出かけました。混んではいたものの、さすがにルーブルは懐が深い。これだけの人を呑みこんでしまうのだ、と妙なことに感心しつつ、今の時代と携帯電話に感謝しながらの見物です。美術館歩きは「ご一緒に」というのは、まず無理なのでして、各自の興味が違いますから、どうしても歩度のズレが出て、迷子になります。これを気にしていたのでは、何を見に来たのかわからなくなってしまいます。で、一応「何時にチェックポイント・何々の前で会おうね」と、約束して各自行動。しかし、それも不可となったときは携帯メール・電話の活躍です。 ゆっくり、たっぷり、丸々一日歩き廻って堪能しました。こんなにゆったりとルーブルを見たのは久しぶり。若者もそれぞれの印象を抱えて戻って来てくれて、嬉しかった。

30日はベルサイユへ足を延ばしました。これがなかなか厄介なのでして、パリからの電車で何度迷ったことか! でも今回は大成功。
とても短い時間で行きつくことが出来ました。しかし、なんです。
「おっ、意外に早い」と喜んで、駅から宮殿へ歩き着いてみると「えぇ〜!これ、皆、入場を待ってるの??」と叫んでしまうような長蛇の列。よっぽど帰ろうか、と言いたかったけれど、若者ははて、次にいつ来られるか分かったものではないのですから、ここは辛抱。じっと耐えて並びました。(寒かったわぁ〜)

そして、ようよう宮殿の中へ。(切符を買うのもなかなか・・・)
これが又、まっすぐ歩けないほどの混雑ぶり。ルーブルは器が大きかったので混雑もしのげたのですが、ベルサイユは皆がゾロゾロ歩く廊下が、それほどの幅ではない。ことに、一つの部屋から、次の部屋への接続部がくびれている個所が多く、ここに人が溜まってしまう。
忍の一字・なのであります。

それで、諦めて代表的な場所を見ただけで逃げ出しました。
それからパリへ戻り、到着した日から2度ほど行っては満員で入れなかった「下町の食堂」へ3度目の挑戦。今回は入れた!! いやー、大変な混雑。当然相席です。我らはオランダから来た、という若いカップルと隣り合わせました。感心したのは、ウェイレスの記憶力とサーブの早く的確なことです。唯、ちょっとコワイ位のきびきびぶりでしたが。毎日の仕事による訓練のすごさを思ったことでした。

一番若いメンバーの注文に「エスカルゴ」なんてのがあり、一瞬心配しましたが、彼は難なくペロリ。若い適応力に感心。(好き嫌いの少ないアタシ・ですが、あれは苦手なんです!)

30日は街歩きの末にエッフェル塔へ。私は1度だけ登った経験がありまして「これは上がる価値あり」と思っていましたから、仲間にも勧めたのですが、これもまた長蛇の列。うぅ〜ん、、で結局下から見上げるだけに。

31日。いよいよ2013年最後の日です。一旦ホテルへ戻った我々、シャンゼリゼの「年越しカウントダウン」へいってみよう、と言うことになった。話に聞く「6・5・4・3・2・1、Happy Newyear!」で
辺りかまわず近くの人のほっぺにキスする、というアレ。

メトロの駅で。様子がおかしいのです。まずずらりと並んだ券売機のほとんどが「close」。変だなぁ。1台動いている機械の前に長めの列があるので並ぶ。すぐ前に体の大きな青年が3人、機械と奮闘しています。どう見てもパリジャンではない。ベルギーから来たんだと。彼らの困っているのを観察して、こちらは参考にしようという寸法なんです。すると、通りかかった土地の人らしいマダムが「5時以降は切符は売らない」といった身振りをして彼らに注意している。
その3人も「はぁ〜そうなんですか」といった様子で機械の前を離れて行った。
これを見ていた私たち、「なぁんだ、混乱させない為に人の集中を止めてるのね。自由の国フランスにしては不思議な規制だけど」と、素直な日本人は諦めました。電車を止めるんだわ、なんぞと勝手に納得。
「でも、まだ5時よ、年明けの瞬間まで待ちながいわねぇ」なんてぶつぶつ言いながら。
で、駅から3分のホテルに戻ってフロントのおじさんに「不思議なパリの大晦日」のことを聞いてみたら。(この人はきれいな英語を話したので)彼はキョトンとして「メトロが止まる??そんなことあり得ないよ、こんな日に。メトロは5時以降すべて無料になるのさ!!」はぁ〜〜、左様でございますか。私のフランス語の能力はこの程度なのね。人の話を脇で聞いていて、しっかり思い違い。大笑いでした。しかし、いまさら出かける元気もなく、初めてで、おそらく最後の経験になるであろう「パリのお年越し」はあえなく消滅。まぁ、部屋での酒盛りとは相成ったのでした。

そして、0時。街がガヤガヤしているなと思ったら、パンパンと大きな音がして、花火が打ち上げられている様子。フム、なるほど。今頃
シャンゼリゼでは、と想像をたくましくしておりました。
するとそこへ、大きく扉をノックする音。何事ならんと緊張が走ります。おそるおそる開けた扉の向こうには、気のよさそうな掃除係のおばさんが立っていて。「Happy Newyear!」とかなりな寸法のチョコレートの箱をくれました。「わがホテルからの、新年のご挨拶」と
言うことらしい。(日本語に訳せば。)はぁ〜、そういう風習があるんですか、と。 日本に戻ってから開けましたら、留守番していた者たちをたっぷり喜ばせてくれる、質と量でした。

初めてのパリでの年越しは、いろいろな驚きと珍しさに満ちていて私の「旅に出たい病」はまだまだ治りそうもありません。