ある音楽高校生との1年半

 そのお嬢さんが、私の生徒の紹介でわがスタジオへやって来たのは、1年半程前のこと

でした。

ある音楽大学の付属高校の1年生。音大付属中学から高校へ進んだ所で、私の専門である

「音楽理論科目」の授業内容が急に難しくなって、困っている。何とかこんがらがった頭の

中の糸をほどいて欲しい、というご依頼。

 

高校1年、というのは実にいいタイミングです。子供であり過ぎることもなく、とても

吸収力のある年代ですから。

付き合って見ると、この学校の勉強内容はなかなか緻密で、クラスの仲間の程度も高い様子。

「いい学校に通ってるのね」、なのですが、それだけにちょっと気を抜くとすぐに「今の

話なに?」って具合に、不安な思いが膨らんでしまうらしい。

 

幸い、彼女は頭の片付いた子で、こっちの話を理解するのも早い。何に困っているかを説明

できない子が多いのが、私の専門分野の特徴なのですが、このお嬢さんは「ここから解らなく

なった」というポイントを教えてくれるので、仕事がやり易かった。

それでも、課せられる課題内容はなかなかのもので、一緒に挑戦し、何とか自力で答えを

出せる所まで手を曳いてゆくのは、そう簡単ではありませんでした。

「たまたま、コーチを見つけられたあなたはいいけれど、ガイドなし・でこのペースに追い

付いていくのは、大変ねぇ」と、よく二人でためいきをついたものでした。

 

 和声法の捕え方の解説、解答の書き方、実作の添削・・・ 一緒にする作業は沢山あります。

しかし、楽しいですね、こういう仕事は。若くて、吸収力のある頭と付き合っていると、自分も

元気が出ますから。

 

そうして時が過ぎ、彼女は春には3年生。いよいよ専門のピアノにより多くの時間を割かねば

ならなくなって、私の許を"卒業"して行きました。

基礎理論の勉強に「目鼻がつき」、そろそろ大学での希望の形を手に入れるには、ピアノに注力

したい、とは、当然のことではあります。

「そろそろ、弾く曲の分析に進もうかなぁ」と考えていた私には、ちょっぴり名残惜しい幕切れ

ではありましたが、いかに内部進学とはいえ、受験生であることには変わりがなく、いわば

正念場を迎えようとしている彼女の背中をたたいて送り出したのでした。

 

 私の希望は、高校生位から和声法をきっちり仕込んで、大学に進む頃には「楽譜の裏側が読める

人」になっていて欲しい、というものです。このお嬢さんはかなり順調に進歩してくれていたので、

さて、これから・の時だったのですが。まぁ、自分の力でしっかり立てる大人になって欲しいもの

だと思っています。

 

 高校生の内から「和声法」の大切さに気がついてくれる子が、これからも増えていってくれると

いいのですがねぇ。それには、親御さんの理解と、楽器の先生の後押しが必要です。

大人同士の連携の道も探らなくては。       2019.2.月

 

 

 

 

 



説き語り音楽塾 2018年秋〜2019.夏学期 開講しました!

説き語り音楽塾  は、始まった時から外国風に「秋学期はじまり」

なんです。例年、7月の末、遅くも8月のお盆前には終了しています。

 

10月2日(火)に 新年度の開講しました。新しい方のご参加を

お待ちしています。

 

内容は:

1. フランス風儀の和声法を学ぶ

  まったくの初心の方は、土田京子の「説き語り和声法」(現在名・「和声法が

  さくさく理解出来る本」)を読み、課題に挑戦する所から初めて頂きます。 

  更に課題集でもある「スーパー和声法」(現在名・「和声法がぐんぐん身につく

  本」)に進み、それを書き終えたらパリ国立高等音楽院教授であった、和声法の

  大家・Hanri  Challan (アンリ・シャラン)の「380の和声課題」に進んで

  もらいます。 以前に学習歴のある方は、それの復習から。入り方はそれぞれの

  方のニーズに合わせてスタートしましょう。 このプロセスは、まったく個人

  ごとにコーチをし、足りない部分は通信添削で補います。

 

2. 音楽史を学び直す

  2016年の途中から、バッハのフーガの分析を完了しましたので、音楽史に

  入りました。「クラウト=パリスカ 新西洋音楽史」をひも解いています。

  2018年10月の新学期、「初期バロックの音楽」の辺りを読み込んでいます。

  学生時代に一通りの講義は聞いたけれど、今やさっぱり覚えていない、と

  いう人。私は音楽学校へは行かなかった、という人。どうぞご参集下さい。

  土田自身、学生の頃にはまだ音楽史の重要さを本当には解っていなかったの

  ですから。そして、大人になり、教師になり、より深く音楽と向き合うように

  なってしみじみ「これではいけない」と感じた。そこで塾生をけしかけて

  いっしょに勉強を始めたのがおよそ30年前。やはり、人間真剣に学べば

  次第に歩いている道が明るくなるものですなぁ。 本当にいろいろのことに

  気が付き、読む本の範囲が広がり・・ 今は楽しくてたまらないのです。

  

  よい演奏をする為には分厚い「裏打ち」がなくてはなりません。その絶対の

  第一歩が和声法の基礎知識。 次が楽曲形式への理解、そして音楽史です。

  一つ、一つ、ご一緒に歩いて行きましょう。ご参加をお待ちしています。

 

  当HP の「お申込み」からご連絡下さい。

 



足利フラワーパークを知ってますか?

4月23日、友人が誘ってくれて、ドライブに出掛けました。生憎天気は薄曇りながら、

平日(月)のこととて、道は空いていますし、快適です。友人は新車を買ったばかり!

これまた、乗り心地がよろしい。 朝、ちょっと早めに出発。まずはちょっとした

おやつと飲み物を調達して、さあ、行こう!!

いくつになっても「遠足」は心弾むもの。もっと沢山、お友達を誘いたかったんですが、

案外、まだ皆さん働いているのよねぇ。我らのごとき「時間大尽」の退職者に、早く

おなりなさいよ、と心中つぶやく。

(私たちのような"職人"職業には、実際には定年は無いのですが)

 

スイスイと道は捗り、目的地に着きました。ここは、とっても有名らしい。もの凄い

スペースの駐車場が用意されています。がそれでも足りず、最近、JRが徒歩圏内に

新駅を作ったんですって。で、もっと奥まった所に巨大な駐車場を造り、そこからは

「引き込み線」みたいにして「ドライブ&ライド」として宣伝しています。それ位の

人気なんだそうな。入場料1800円。ほう・・という感じ。所が中へ入って「こんな

入場料ですみませんねぇ、こんなに見事なものを見せて頂いて」という感じ。実に

美しく手入れがされています。いろいろな花がありますが、何と言っても圧巻は藤の花。

 

すっごいンです。その藤棚の面積が。歩くと顔に降りかかって来る程の永い花穂がテニス

コート2面分位はありそうな広さの棚から、優雅に揺れているのです。しかもそれは、

たった1本の老木が枝を広げている姿なのですよ。想像してみて下さいナ。

そして、何とも云えない「あえかな香り」が漂って来る。それは見事なものです。

藤色の花と、白の花。黄色の藤もあるらしい。こちらはまだ咲き初めでしたけれど。

いやはや、本当に命の洗濯! 持つべきものは友、です。

 

2018.5.5.

 

 

 



ちょっといい話

 

 

東京の地下鉄で、とっても嬉しい有難い駅員さんに会いました。

当節、一歩家を出れば、コワイ話や不愉快な人物に出会うことの何と多い事か。 電車の中で

だって、足を投げ出して座って、赤ん坊づれのご婦人や、辛そうにしている年寄りに気付かぬ

ふり、としか思えない傍若無人の若者も多いのです。 駅員さんだって、何か聞いても「私の

仕事を増やさないでよ」、ってな人も多いのですが。

今日はホント、素晴らしい人に出会ったのです。

で。あんまり嬉しかったので、お手紙を書きました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

東京メトロ お客様センター宛。「御礼」

 

本日、2017.11.16. 神宮外苑の銀杏を見たいね、と夫と出かけました。お昼の12:25頃、

貴駅「明治神宮前」で下車、改札を出て地図を見ましたがなかなか解らず、改札口へ戻って

駅員さんにお尋ねしました。「渡辺さん」という男性でした。「ここの駅でない方がいいです

ねぇ」「歩けないですか?」「うーん、お歩きにはならない方がいいと思います。銀座線の

”外苑前”までいらしたら至近ですよ。もう、改札は出られてますね?でしたらパスモで目的駅で

清算だけ出来るようにしておきましょう。どこから乗られましたか?」「氷川台からです」・

何やら紙を書いて下さり、私共夫婦は目的駅で駅員さんにその紙をお見せしたら「追加料金は

ありません」と出場用の切符を下さり、無事に出場。美しい風景を堪能して参りました。

嫌な事の多い世の中ですが、こんな素晴らしい応対をして頂いたのは初めてです。

何とも心優しい、素敵な駅員さんにお会い出来て、今日は本当に幸せな一日でした。
駅長さま、職員の皆様の常々のお仕事ぶりが思われます。有難うございました。

 練馬区在住 OO倖三 京子

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

そうしたら。即日、心温まるお返事が来ました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

東京メトロお客様センターです。
 

平素より、東京メトロをご利用いただきまして、誠にありがとうございます。
また、お忙しい中、ご丁寧に、ご連絡をいただきましたことを重ねて御礼申し上げます。

ご返信は不要と承っておりますが、私どもにとりまして誠にありがたいお言葉を頂戴しました

ことに感謝いたしたく、恐縮でございますがお返事させていただきます。

この度はお忙しい中、お褒めのお言葉を頂戴いたしましたことを心より御礼申し上げます

このようなお言葉をいただきますと社員一同、より一層の励みとなります。

お申し出の内容は、ご利用いただきました副都心線明治神宮前駅の責任者に申し伝えますと

ともに、所属する他の社員にもお客様からのお声を共有いたします。


今後ともこの気持ちを忘れることなく、お一人でも多くのお客様のお役に立てるよう一層

努力して参ります
今後も、東京メトロをご愛顧賜りますよう、宜しくお願い申し上げます。

東京メトロ お客様センター

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日、新聞・ラジオで、顧客からの過剰なクレームに悩むデパートなどの販売員が多数ある、

との報道がありました。勿論、文句を言いたくなる販売員が居るのも事実でしょう。

明らかに正しくない応対や商品の不備があった場合は、それを糺すのは消費者の権利では

あります。が行き過ぎはいけないのと、逆に、今回のように思いもかけない程の親切に

出会った時は、きちんと、お礼を言いたい、と私は思う。

人の心は「相互通行」! 示された親切や真心を、きちんと受け止め合って生きて行くのは

楽しく、嬉しいものですもの。 本当に爽やかで素敵な方だったんです。その「東京メトロ」

の駅員さん。「渡辺さん・という人だったよ」と、しっかり名札を見ていた夫にも乾杯!

 世の中、少しでもいい事、楽しいことを見つけて暮したいものです。
 



和声法の実習を通信添削で・という冒険

 大変な寒波に驚かされた冬も、雛の節句を昨日と通り過ぎて、本当に三寒四温、はっとする程暖かい日が

あるようになりました。 私が27年来楽しんでいる俳句に、「春隣」という素敵な季語があります。

日本に昔からある暦というのは実に素晴らしい。寒いのに、確かにどこかが違っている。春がすぐ近くまで

来て、冬の占領地帯の扉一枚向うで出番を待っている、と感じる頃を表す言葉です。 こんな言葉を持って

いた先祖を誇りに思いますねぇ。

 

 そんなこの頃。私の周りにも嬉しい風が吹いています。

 昨年の暮れ辺りから、ボチボチ現れた「和声法を通信添削で実習したい」という希望者が・・・

 

 2009年、初めての和声の本「説き語り和声法講座」を上梓した時、思い切って巻末の言葉に「通信添削を

受け付けます」と書きました。それ以来、随分何人かの方からアプローチを頂いた。お申し越し下さる方の

和声法の下地は様々です。

音大出身者も、そうでない方もおられます。 そのどちらでも、まったく構わないのです。

 ただ、どういう場合でも、可能なら、一度私に会いに来て下さい、とお願いをします。何故なら、和声法・

ってどんなものなのか、顔と顔を見合わせてお話しし、どんな手順で勉強に取り掛かって下さると、効率

良く勉強が進むか、ピント合わせをしてからスタート出来るといいな、と思うからだす。

 

 可能な方も、難しい方もいらっしゃいます。PCでのお申し込みの凄い所は、日本国内は元より、外国から

だって申し込みが「隣の町から」のように同じ顔をして飛び込んでくる、ということ。 で、とても会える

距離ではないが・・・という方も。 

しかし、この所とても幸せに勉強をご一緒している方々が増えました。 今月・2018.3月の末には、沖縄県

那覇市から「東京へ行く用がありますから、先生のお顔を見て、添削をして頂いたものへの質問を溜めて会いに

行きます」というピアノの先生の嬉しい訪れを待っています。大阪のお医者様で、(お忙しいでしょうに!)

きちんとピアノのレッスンを受けては、時には公開の演奏をなさる、という方。きちんきちんと課題を解いて

送って下さいます。頭が下がりますね。「音楽をちゃんと解りたい」という情熱に。 

こうした方々との出会いが、私の仕事への前進意欲を支えています。

 

 沢山の方が、「和声が解れば音楽が解る」という私の主張に耳を傾け、一緒に学んで下さいますように、

と願い続けて、仲間になって下さる方を待っています。              2018.3.3.

 

 

 



年の暮・・私の風景

私と家族は、お盆と正月は遠くへは行かないことにしています。だって、あの混雑! 故郷が遠い方は

本当に大変だと思います。でも、それを押して帰りたい気持ちも解り過ぎる位に解るので、東京の家に

「お籠り」して過ごすことにちょっと感慨を持ちつつも。

 

と云いながら、今年の夏は15歳と12歳の孫を引き連れて、酷暑のイタリアを歩いておりました。

それはそれは、暑かったです!!! しかし、子供というものは、チャンスのある時に連れ歩かない

と、金輪際、一緒には出掛けられなくなります。おばば様と致しましては、少々無理をしても、

ヨーロッパ文明発祥の地(くわしく言えばギリシャ・かも知れませんが)であるイタリアを彼らと

共に歩きたかったのです。

 

いろいろな事は起こりましたが、とてもとても有意義で、楽しい旅になりました。今回は完全に

彼らのアテンド。ですから、夜、酒飲む相手がいないことと、オペラやコンサートに行けな

かったのがちょっと不満!でも、まぁ、それも最初から解ってのことですからね。

それともう一つ。出来る事なら、もっと「事前勉強」を重ねてから出掛けたかったのですが、

15歳の息子は、今年の春に受験勉強から解放されたばかりの高校1年でしたから、4月の入学から

初めての夏までの間は、学校に慣れることに費やされてしまったのは仕方のない事でした。

塩野七生さんの「ローマ人の物語」(文庫本で全43冊)は、1年半前から渡してあったの

ですがねぇ。ま、彼らは若い。いつの日か、私がかじりつくように読んで読破するのに1年半を

要した、此の最高に面白い本を読んでくれるでしょう。これを読んで置くかおかないかは、

イタリアを歩く時間を倍、3倍も面白くしてくれます。  なかなか、「歴史大好きおばば」の

思いは満たされないのですが、彼らが育つ傍で「あれが面白い」の「あれを読んでおけ」だのと

叫ぶおばばの存在を「そう言えばばぁばはこれの事を云ってたんだ」と思い出してくれる日を

楽しみに。その時は、多分、私はお空の上・ですけどネ。

 

で、月日の過ぎるのは年々そのスピートが上がりまして、もう、年の暮です。

師走に入って13日は「事始め」。俳句を嗜むようになって27年、お蔭で季節の行事に敏感になり

ました。

この日から「年越しの準備を始める日」という意味です。京都に部屋を持っていた時分、街を

歩いていて、「おう、今日は・・・」と気付かせられることがありました。祇園の近くを歩いて

いると、正装した芸妓さん舞妓さんに会うのです。それはこの日、祇園町では井上流の舞の

お師匠さんに、芸・舞妓さん方が銘々可愛いお供え餅を献納し、師匠から「今年もよう、

気張らはりましたな」と、ご祝儀を頂いて帰る、という風習が有るのだそうでして。

 

更に詰まっていた仕事のスケジュールが一段落した快晴の師走初日。ちょっと遅くなったけど、

と神宮の銀杏を眺めに行きました。我らにとっては「二人吟行」です。専ら俳句を作る為の

「お散歩」。最盛期は凄い人、なんですがもう人影はまばらです。しかし、皆さん手に手に

スマホかカメラ。一体いつから日本人は総カメラマンになったんだい?と云いたい。

大したもんですなぁ。 我らはただのんびりと歩く、歩く。時々ベンチに腰を下ろして。

あぁ、すっかりご隠居さんになったなぁ、と感慨を持ちながら。

しかし、これもいいもんですよ。40代、50代は息つく暇もない、って感じの忙しさだったし、

60代も結構動き廻ってました。ここへ来て、ちょっぴりゆとりが出来たかなぁ。まだ、

カレンダーに「一日、誰も来ない、どこへも行かない」つまり、お散歩・に出かけられる日を

探すのはなかなか大変だけども。

 

そして、師走10日。高輪の泉岳寺へふらりと出掛けた。後4日で「義士祭」です。何年か前、

偶然にこの祭りに遭遇したことがあります。義士に扮した人の行列が行き、沿道は大した

賑わいでした。その時、活躍していたのがお相撲さん。手間を掛けなくとも、髷を結って

ますからね!! へぇ〜、そういう利用法があったか、と一緒に居た友だちと、エラく

感心したことを思い出します。

極く普通の日ですから、参拝の人もチラホラで静かなもの。ゆっくりと墓を見て回れます。

全員に切腹した時の年齢が刻まれていますが、十八歳、十七歳、というのが在って、

胸を撞かれる。孫が出来てから、こういうのに弱いんです。

 

そうこうするうちに、俳句で云う「数え日」になりました。「あぁ、今年もOO日」と

数えられるようになる、という意味の季語。私はこの季語が好きなんです。

 わが町内では3年前から「夜回り」(お役所言葉では“歳末警戒”と呼びます!)を始め

ました。喜んだねぇ、アタクシ。これが大好きなの。拍子木の響きが溜まんなくいいのよねえ。

「火の用心・カァ〜ン、カァ〜ン」という、あの瞬間が好き!! まったく、変わった趣味と

言われるかも知れないけれど。で、仲間と町内を一回りした後は、「寒かったわねぇ。」と

お疲れ様の一杯!  近所の人々と、年に2〜3回の貴重な交流タイムです。今年は、

「9月に越して来ました」という若いパパが参加して下さり、一同大歓迎。楽しかったですよ。

 

こうして、あっという間に今宵は大つごもり。 ゆっくり片付け物をし、ぐだぐだとテレビを

見て。世間では、きっと大忙しの時なのでしょぅに、どうも相済みません、て感じです。

雨という予報ではありましたが、もしも、降らないでいてくれたら、毎年恒例、近所の由緒ある

禅寺へ、除夜の鐘を撞かせて貰う、順番札を貰いに出かけます。23:20位までに行きますと、

割と若い番号が頂けるのです。

 

皆さま、どうぞよいお年を!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 



ついでにもう一つのお知らせ

文庫本になったお知らせの追加。

 

私がこれまでにヤマハから出した3冊の本。

 <これだけは知っておきたい>「説き語り楽典講座」(2005年初版)

◆<これだけは知っておきたい>「説き語り和声講座」(2009年初版)

 <解きながら身につく>「土田京子のスーパー和声法」(2014年初版)

 

が3冊とも電子版で読めるようになりました。ご活用下さい。

 

 

 



この本、当たってます!!

最近、嬉しいことがありました。

2017.9.15. 私の本「説き語り和声法」が文庫本になったのです。

出したのは、前著と同じヤマハミュージックメディア。

 

題名が変わって、「和声法がさくさく理解できる本」というのです。

私は前の名前の方が好きだった。だから、出版社から「題名はどうしますか?」

との打診があった時(一応は礼儀として聞いてくれます)「和声法が解る本」じゃ

どぉお? と言いました。 でも、やんわりと却下。 最終的に決まったのが

上記の通り。アタシ・不満だったんです。<なんだかなぁ・・ 面白っぽすぎるよなぁ

・・> ところが。どうやら、これが成功の秘訣のようでした。

つまり、私は現代の言語感覚について行ってない、ということだったらしい。

この本、当ってるんです!!!!  9/15に出て、11月初めまでに初版が売れてしまった!

信じられない勢いです。すぐに「再版がかかりました」とのメール。 そして、

11月の終わり頃に「先生、3版を摺りまぁす」ですと。

 

一体何が起こったのか、私には解らないのです。

でも、とにかく嬉しい! 

そこへ、12/7.ある生徒が「ご注進、ご注進」と。「センセ、今、銀座のヤマハに居るん

ですけど、先生のご本が会計カウンターの所に並んでいます。何でも今月の売上げNo.1

だそうですよ」というのです。 えぇっ、そんなぁ と今日(12/9)自分で行ってみました。

ホントだったんです。わが眼を疑う、ってヤツ。 見てやって下さい。

 

更に、ヤマハの担当者から、これまたびっくりのニュース。

「先生、毎日新聞は読んでおられますか?」「いいえ、毎日新聞には友人はどっさり居て、

俳句会には時々顔を出すけれど、普段は読んでないわ」「12/2の東京版に割と大きな記事に

なったんです。主として書かれているのは、非常によく売れている吉松 隆氏の"調性で

読み解くクラシック"のことなんですけれど」。この吉松氏の本は実に面白い。作曲家としての

才能と実績はよく存じ上げていましたが、文章力と、ご自分の中にストックされたものを

言葉にして他者に伝える能力、またそうしたいという情熱に感動しました。とてもいい本です。

 

 さて、彼女に送ってもらった記事を拝読。吉松氏の本と並んで、私の本が映っている。記事の中にも

チラリとだけれども言及が。

 

嬉しかったです。皆さん、1冊、買ってみて下さいナ。文庫は持ち歩きやすいのと、値段が

手頃ですから。(本体950円 税込1,026円)

 

店頭にtt@:@o;w!



ドイツの「戦後70年」・・映画の窓から。

     ドイツの「戦後70年」          2015.12.03.記

 

今年も暮れようとしています。「戦後70年」と喧しかった年も。

この記念の年は、同じ敗戦国・ドイツにもエポックだったんだなぁ、と思う映画たち。今年の秋、4本のドイツを題材とした映画を見ました。

 私は相当なる映画好きでありまして、仕事で地方へ出る楽しみの一つが「映画を見ること」。東京にだって映画館は山程あるのですが、自宅がある街では、わざわざ出かけて行って映画を見る、というのは案外少ない。

が、旅先で仕事が半日単位だったりすると、まだ日が高いのに宿に戻っても仕方がない。そういう時は美術館か映画館へ、というのが京子流。

 

 まずは「顔のないヒトラーたち」。

 

あらましは、アウシュビッツ収容所のことを世に知らしめた、若い検事の物語です。実話らしい。

 ちょっと信じがたいことですが1958(昭和33年)当時、アウシュビッツの存在はドイツ国内であまり知られておらず、戦後13年、ようやく落ち着きを取り戻しかけていたドイツ人たちは、戦争の記憶を忘れたがっていたのだという。言って見れば「臭いものに蓋」の社会の雰囲気が、この映画の冒頭部分によく現れている。フランクフルト検事局の新米検事が、ふとしたことからアウシュビッツの存在を知ることから物語は始まります。若く正義感に溢れた彼が動き始めると様々な妨害、忠告(そんなこと今更ほじくり返さなくても・・)が渦巻く。検事という職は完全な役人ですから、彼の動きも危うく封じられそうになるのですが。それを可能にしたのが、フランクフルト市検事総長・バウアーです。彼はユダヤ系で、ナチの迫害を生き延びた人だった。

私は、映画大好きなくせに奇妙に怖がり屋でして、残酷なシーンがとっても耐えられない。自宅でDVDを見ているのであれば、あまりにコワイ所は早回しにするか、一緒に鑑賞している者たちが居たら、席を外して「もう、怖くない??」というテがあるのですが、映画館ではこれが鬼門・なんですよね。

この映画にも、随分心配したのですが、そう言うのはホンの少しで助かりました。 実際、自分の生きている社会が望まないこと、しかし、それをするのが正義だ、と感じたことを推し進める、というのはもの凄い勇気が要る。それだけでも凄いのですが、1963年、この若い検事と次第に彼の行動に感化される同僚たちの手で「アウシュビッツ裁判」が成立します。このことが、現在のドイツの戦争責任に対するスタンスを作る出発点になったのでした。

現在、ナチスの犯罪行為には時効がない、というドイツの姿の。

日本が同盟を結んで闘った国が犯した強烈な犯罪。私は生まれていなかったし、遠い極東の国、日本は一体どんな悪魔と手を組んでしまったかを知らなかった訳ですが、一つの記念の年にズシリと重い映画でした。作った人々に敬意を覚えました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「2つの名前を持つ少年

 

一人のユダヤの少年が「死ぬな、生き抜け」と背中を押してくれた父の言葉だけを支えに、もの凄い戦争末期を生き延びる話。 最後に、現在もイスラエルで暮らす、実在の主人公が画面に登場する。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ミケランジェロ・プロジェクト

 

これもまた、ふぅぅ〜と深呼吸してしまう映画でした。博多で。見終って宿へ帰るまでに原作本を買ってしまった!

 ヒトラーが犯した犯罪の中で、膨大な・本当に膨大な美術品の略奪、という側面があったことは、私の意識の中にまったく存在しなかった。当然と言えば当然ですよね。戦争というのは命の問題で、美術品なんか振り返っている暇があるものか、なんでしょう。日本でだって凄い貴重な美術品が戦争で失われているのでしょうが、(私たちが意識を持っていないだけで)京都が爆撃されなかった幸運もあって、日本人はも一つピンと来ていない。

しかし、旅好きな私がヨーロッパをあちらこちらとほっつき歩いて。当然のようにOO美術館、OO王宮、と尋ね歩く、そこで、素晴らしい「人類の秘宝」を鑑賞できるのは、命を的に美術品を守った人々がいたお陰なんですね。

ルーブルへ行けばモナリザが、フィレンツェへ行けばダビデ像が見られるのを当然!と思ってはいけないのです。これらを守る為に“身体を張った男たちのことを忘れては申し訳ないですよね。

ヒトラーの場合は、しっかり意図的に奪った。それも徹底的に。生まれ故郷のオーストリー領・リンツにかつて誰も実現したことの無い、とんでもない規模の美術館を建てることを夢見てといたとか。

ロスチャイルドを始め、ユダヤの金持ちの家は凄まじい略奪にあったそうですよ。私の親友の娘が結婚して住んでいる、フランスのシャルトル。パリから電車で1時間弱の静かな街ですが、大聖堂とそこのステンドグラスが大変有名。この大聖堂も危機一髪で残っているのだそうです。

 この映画の冒頭に出て来る「ゲントの祭壇画」もミケランジェロが完全に自分一人で完成させた、超貴重な大理石の彫刻「ブルージュの聖母」・・・

このベルギーの街へは2度も行ったことがあるのに、それらの作品を見ていない! 命のある内にもう一度行って来なくちゃ!!と思ってしまいました。(実現できるかなぁ〜〜)

とにかく、皆さんも見てみて下さい。映画・万歳!

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 「黄金のアディーレ」(名画の帰還)

 

これもナチに奪われたクリムトの名画を、オーストリー政府相手に訴訟を起こして奪還した女性、マリア・アルトマンの物語。

この絵は、写真を見れば誰だって「あぁ、知ってる」という有名な絵。ウィーンのベルベデーレ宮殿に飾られて「オーストリーのモナリザ」と言われた作品です。

長い頸に見事なダイヤの首飾りをした女性が描かれていて、余白の部分にふんだんに金が張られている。

映画の主人公マリアは、モデル、アディーレ・ブロッホ=バウアーの姪。幼い頃、叔母のアディーレに非常に可愛がられて育つ。ナチスに追われる過程で、この姪とその夫だけが本当に紙一重の幸運に恵まれてアメリカへ脱出することに成功します。

そして長い戦後の日々が過ぎて行き、82歳になってアメリカに暮らすマリアが、この絵の返還を求めて戦うプロセスと、その合間に挿入される、ヒトラーがどのようにしてユダヤの富を簒奪して行ったかが凄まじい。殺されることも(その殺され方も)恐ろしいが、平和に暮らしていた人々が、ある日突然、社会的なすべてを奪い尽くされるすさまじさに息を呑む。

「叔父がクリムトに画かせたのよ」と、事もなげに語るマリアの言葉から、彼女の家族の富のあり様が偲ばれるからなおさらに。

そして、一緒にこの映画を見た友人の「確か、クリムトの父親が金細工師だっのよね」という一言に、映画の冒頭シーン、金箔を見事な手つきで切断し、貼り付けて行く、作画の様子が納得出来たのでした。

 

因みに。この名画の貴婦人の首を飾っていた、目もくらむようなネクレスは、ナチスが倒れるまでゲッペルスの妻が所有していたそうです。大泥棒たち!!

 


J.S.Bach平均律ヘンレ版の改定

皆さん、J.S.Bachの平均律の楽譜は、どこの版をお使いでしょうか?

お考えは様々でしょうが、私は断然「ヘンレ版」を底本として考えています。

Bach平均律の楽譜は様々の出版社からの物があり、校訂者もいろいろあります。

私はかなりな種類の楽譜を持っており、場合に応じて参考にしていますが、

「底本」といいますか、まず、意見を聞くのはヘンレ版です。

 

最近、滋賀の唐崎の勉強会でのこと。5人の人間が集まっており、3人が

旧版のヘンレ、2人が新版を持っていたのです。「新版」をいつ買ったか、

と騒ぎになったのですが、大体2〜3年前のようでした。

 

で。平均律2巻の17番のフーガを分析していて、声部の解釈が大きく変更

されて居ることに気が付いたのです。複数の人が集まって、違う版を持ち

寄っていた事の幸せでした。

うわぁ〜お、驚きましたね。これほど大幅な改定は、私は出会ったことが

ありません。 

Invention & Symphonia で、小さな改定に出会ったことはありますが。

いやはや。 常々生徒に「楽譜・版の選定には細心であれ」と、エラそうに

言っていて、これに気付いていなかったとは、失策です!! 早速新版を

買いに走りました。油断大敵、です。反省を込めてのお知らせ!



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