「スーパー和声法講座」、ヤマハ銀座店販売ランキング第9位!

 嬉しいご報告です。

ある生徒が教えてくれたんです。「センセー、知ってますか?読みました?“ショパン”の新年号。ヤマハの銀座店で、11月に売れた音楽書・ベストテンに入ってますよぉ〜〜」って。

私は最近、音楽雑誌をちっとも読まなくなっていました。勉強の本は相変わらず貪婪に読むヒトなんだけど・・ で、この素晴らしい生徒さんは、速攻で現物を送って下さったんです。その時の私は。名古屋でお茶人の家にお籠り。とても珍しい、夜に行われる茶事の裏方に専念していたのです。やや「山籠もり状態」だった訳。音楽雑誌を買いに飛んで行ける環境ではなかったのでした。

で、家に帰ったらジャン!と「ショパン新年号」が私を待っていた。「書評も出てますよ」と、彼女は言ってくれたけれど、書評というより「悪くないから買って読んでみたら?」といった推薦文。これは嬉しいお扱いです。雑誌「ショパン」の皆さん、有難う!

まだ、お買い求めでない皆様、読んでやって下さいね。このHPから私にコンタクトして下されば、サイン入りにしてお送りしますから!! 




遂に刊行!  二冊目の和声法の本

 2014年10月、とうとう念願の2冊目の和声法の本を上梓することが出来ました。題名がスゴイ!
「解きながら身につく・土田京子のスーパー和声法」っていうんです。こういうネーミングというのは、一種独特の才能でしてね。
前著「説き語り和声法」とさらに前に出した「説き語り楽典講座」は
私自身の考えです。しかし今回、出版元・ヤマハミュージックメディアの担当者諸氏はとっても積極的な方々で。表紙も思いっきりにぎやか。(近日、このHPにもそのかわいい表紙をUPします!)

とにかく、この本が出来たことを喜んでいます。
何がいいかと言いますと。 
その1. 念願の課題と実施例を一定量載せられたこと。

その2. 「課題の解き方」を分解しながら、手順を追って順次解説
    出来たこと。

現実の問題として、和声法を本だけで、対面で教えてくれる先生につかないで学ぶのは、とっても難しいことです。しかし、日本における和声法をきちんと教えてくれる教師の数の少なさを考えると、難しいことではあるけれども、出来うる限り「読んで解る和声法」の本を片手に「じゃあ、実際に解いてみよう」が可能な本が必要だったのです。 誰もが「あるといいナ」と思いながら、どういう訳か出会えなかった、そんな本が書けました。 是非、読んで下さい。

買って下さる方が一定数に達する頃、定期的に「この本をどう使うか」「課題の解き方の実際」をお話する会を設定したいと考えています。場所は第一に東京・練馬の土田スタジオ、次に希望者が一定数いて下さることを条件に、大阪または京都、博多で開催したいと思っています。

前著「説き語り和声法講座」を出して以後、私の周囲に思いがけない波が渦巻いた。それは、「この本を読んで、これまで何冊の和声の本を読んでもわからなかった“和声法とはどういうものなのか”が、見えてきた。もっとわかりたいから教えてくれ」という方々からのコンタクトでした。しかも、これが「音楽を仕事にしていない人」からのメールが多かったことが、私に新しい目を開かせてくれました。

こんなにたくさんの方々が、「和声法」が解らないと、音楽の楽しみを味わうのに損をするんだ、ということに気が付いておられる!
そのことが無性に嬉しかったのです。

そして5年の時を経て、この度「課題集と実施例」を備えた本が出版出来ました。こうした「解りたい」願望を持った方々には朗報で
あり得ると、ちょっぴり自負しています。どうぞお買い求めの上、熟読、そして、課題に取り組んで下さい。

そして、このHPから「通信添削」に応募して下さい。
いつか将来、この国のどこででも、私の課題を集まって解き合い、
「何故、そこにはその音を置く方が綺麗なのか」を顔を合わせて論じあうサークルが生まれますように。
その日を夢見て、私は10年以上前から東京・大阪・京都・博多に
皆さんのお手伝いが出来る可能性のある「講師」を養成して来ました。楽しい夢が広がって、最近の私はシアワセなんです。

沢山の方からの「読後感想」を待っています。










スペイン紀行・追加のその

 旅の最後のパリを書いていなかったことに気がつきました。

スペインのマドリードでクリスマスを過ごした我々は、パリへ飛びました。2013.12月28日のことです。宿に荷物を置くとまずは街歩き。
コンコルド広場から凱旋門までのシャンゼリゼ通りが、隙間もなく並ぶ露店の村と化しているのにびっくり。すごい人! ちょっとそれらを冷やかして、後は大通りの歩道に出て、バスに乗ります。
歩いていたんでは、いつ、凱旋門まで行けるか分からないほどの人でですから。

私は大きな誤解をしていたのです。 クリスマス時期のヨーロッパは街々の飾り付けが綺麗よ、と友人に聞かされたことと、若い頃のカナダ暮らしの経験から「クリスマスは家族で過ごすもの、街はきっと静かだわ」と勝手に思っていたのです。
パリ暮らし5年、という友人に「その時期はなぁ〜、パリはお上りサンでいっぱいだよ」と言われたのに「そうなのかなぁ??」と正しく
受け止めなかったのがいけませんでした。

いざ、旅の準備を始めてみると、宿の取り難いこと、高いことにちょっと驚いてはいたのですが。年末の美術館・博物館の開館時間をしっかりチェック。翌日29日は、まずは落とせないルーブル美術館へ出かけました。混んではいたものの、さすがにルーブルは懐が深い。これだけの人を呑みこんでしまうのだ、と妙なことに感心しつつ、今の時代と携帯電話に感謝しながらの見物です。美術館歩きは「ご一緒に」というのは、まず無理なのでして、各自の興味が違いますから、どうしても歩度のズレが出て、迷子になります。これを気にしていたのでは、何を見に来たのかわからなくなってしまいます。で、一応「何時にチェックポイント・何々の前で会おうね」と、約束して各自行動。しかし、それも不可となったときは携帯メール・電話の活躍です。 ゆっくり、たっぷり、丸々一日歩き廻って堪能しました。こんなにゆったりとルーブルを見たのは久しぶり。若者もそれぞれの印象を抱えて戻って来てくれて、嬉しかった。

30日はベルサイユへ足を延ばしました。これがなかなか厄介なのでして、パリからの電車で何度迷ったことか! でも今回は大成功。
とても短い時間で行きつくことが出来ました。しかし、なんです。
「おっ、意外に早い」と喜んで、駅から宮殿へ歩き着いてみると「えぇ〜!これ、皆、入場を待ってるの??」と叫んでしまうような長蛇の列。よっぽど帰ろうか、と言いたかったけれど、若者ははて、次にいつ来られるか分かったものではないのですから、ここは辛抱。じっと耐えて並びました。(寒かったわぁ〜)

そして、ようよう宮殿の中へ。(切符を買うのもなかなか・・・)
これが又、まっすぐ歩けないほどの混雑ぶり。ルーブルは器が大きかったので混雑もしのげたのですが、ベルサイユは皆がゾロゾロ歩く廊下が、それほどの幅ではない。ことに、一つの部屋から、次の部屋への接続部がくびれている個所が多く、ここに人が溜まってしまう。
忍の一字・なのであります。

それで、諦めて代表的な場所を見ただけで逃げ出しました。
それからパリへ戻り、到着した日から2度ほど行っては満員で入れなかった「下町の食堂」へ3度目の挑戦。今回は入れた!! いやー、大変な混雑。当然相席です。我らはオランダから来た、という若いカップルと隣り合わせました。感心したのは、ウェイレスの記憶力とサーブの早く的確なことです。唯、ちょっとコワイ位のきびきびぶりでしたが。毎日の仕事による訓練のすごさを思ったことでした。

一番若いメンバーの注文に「エスカルゴ」なんてのがあり、一瞬心配しましたが、彼は難なくペロリ。若い適応力に感心。(好き嫌いの少ないアタシ・ですが、あれは苦手なんです!)

30日は街歩きの末にエッフェル塔へ。私は1度だけ登った経験がありまして「これは上がる価値あり」と思っていましたから、仲間にも勧めたのですが、これもまた長蛇の列。うぅ〜ん、、で結局下から見上げるだけに。

31日。いよいよ2013年最後の日です。一旦ホテルへ戻った我々、シャンゼリゼの「年越しカウントダウン」へいってみよう、と言うことになった。話に聞く「6・5・4・3・2・1、Happy Newyear!」で
辺りかまわず近くの人のほっぺにキスする、というアレ。

メトロの駅で。様子がおかしいのです。まずずらりと並んだ券売機のほとんどが「close」。変だなぁ。1台動いている機械の前に長めの列があるので並ぶ。すぐ前に体の大きな青年が3人、機械と奮闘しています。どう見てもパリジャンではない。ベルギーから来たんだと。彼らの困っているのを観察して、こちらは参考にしようという寸法なんです。すると、通りかかった土地の人らしいマダムが「5時以降は切符は売らない」といった身振りをして彼らに注意している。
その3人も「はぁ〜そうなんですか」といった様子で機械の前を離れて行った。
これを見ていた私たち、「なぁんだ、混乱させない為に人の集中を止めてるのね。自由の国フランスにしては不思議な規制だけど」と、素直な日本人は諦めました。電車を止めるんだわ、なんぞと勝手に納得。
「でも、まだ5時よ、年明けの瞬間まで待ちながいわねぇ」なんてぶつぶつ言いながら。
で、駅から3分のホテルに戻ってフロントのおじさんに「不思議なパリの大晦日」のことを聞いてみたら。(この人はきれいな英語を話したので)彼はキョトンとして「メトロが止まる??そんなことあり得ないよ、こんな日に。メトロは5時以降すべて無料になるのさ!!」はぁ〜〜、左様でございますか。私のフランス語の能力はこの程度なのね。人の話を脇で聞いていて、しっかり思い違い。大笑いでした。しかし、いまさら出かける元気もなく、初めてで、おそらく最後の経験になるであろう「パリのお年越し」はあえなく消滅。まぁ、部屋での酒盛りとは相成ったのでした。

そして、0時。街がガヤガヤしているなと思ったら、パンパンと大きな音がして、花火が打ち上げられている様子。フム、なるほど。今頃
シャンゼリゼでは、と想像をたくましくしておりました。
するとそこへ、大きく扉をノックする音。何事ならんと緊張が走ります。おそるおそる開けた扉の向こうには、気のよさそうな掃除係のおばさんが立っていて。「Happy Newyear!」とかなりな寸法のチョコレートの箱をくれました。「わがホテルからの、新年のご挨拶」と
言うことらしい。(日本語に訳せば。)はぁ〜、そういう風習があるんですか、と。 日本に戻ってから開けましたら、留守番していた者たちをたっぷり喜ばせてくれる、質と量でした。

初めてのパリでの年越しは、いろいろな驚きと珍しさに満ちていて私の「旅に出たい病」はまだまだ治りそうもありません。













































東京で見るオルセー美術館展

 パリはセーヌ河畔に立つオルセー美術館は、中身の美術品の素晴らしさは言うまでもありませんが、街から見た、その「立ち姿」もとっても素敵なんです。
1900年のパリ万国博覧会開催に合わせて、オルレアン鉄道によって建設されたオルセー駅の駅舎兼ホテルであった建物なんだそうですが。

私は、パリへ行くチャンスがあると必ず、ここを訪れる。入っただけでとっても幸せな気分になれるのです。
ロダンの彫刻の群れ、中でも「天国の門」の大きさと精緻さに圧倒されますし、美術の教科書で何度もお目にかかるミレーの「晩鐘」や
「落穂拾い」にも会えます。(何にでも感動すると、その次・の行動に走ってしまうワタシ、ある年のパリへの旅で、素敵なお嬢さん一人を伴にミレーがこれを画いたであろう“ヴァルビゾン”の野原へ、自転車を走らせて、夕焼けを見に行ってしまった!)

アール・ヌーヴォーの家具や、ガレの作品たち・・ 挙げればキリがない程の絶対的な美が詰まっている空間です。

その作品群が東京へやって来ました。今回一番の呼び物はマネの
「笛を吹く少年」です。あまりにも有名な。

夏休みの一日、孫二人を連れて朝、一番に入場。これは大正解でしたね。我々の後、15分位でわぁー〜と混み合って来ましたから。
三人分のイヤフォンガイドを借りました。私は最初、むしろガイドを聞かないで、自分の想いで見てみようかな、と歩き始めたのですが、
中学1年の孫息子が、しきりに「スゴイ」とつぶやきながら目を輝かせているのを見て、一体何に感動しているのか、知りたくなったのです。これはよかった。パリのオルセーにも日本語のガイドはありますが、やはり日本での展観の為に日本の専門家が力を尽くして制作したガイドは、又別の説得力を持つものだったからです。

 
私はどんな美術展を見る時でも、出来れば一人で歩きたい。絵も彫刻も、あるいは大好きな東洋陶磁器でも。難しい美術論とは無縁な人間ですが、いや、それだからこそひっそりと作品を眺め、沈黙の中で対象とおしゃべりがしたいのです。その点では外国の方が環境がいい、とも言えます。近くでの連れ同志の会話が解らない方が楽!
だから、最初はガイドなしで、と思ったのでした。

作品数は限定されていますが、ひとつひとつの背景を丁寧に解説してもらう、というのもいいものなのだということが改めて解りました。
又、13歳に5か月足りない少年に、この「初めて体験」がどんなお土産を残すのか、もとても興味のあるポイント。
これもおばば様の予想を超えてなかなかの好成績! 面白いコメントを残してくれました。小学校4年生の少女には又、別の受け止め方があったようで。こういうのを、傍で見ているというのもなかなかに
オツなものです。
いい、夏休みの一日でした。





「説き語り音楽塾」の話をしよう!

 「説き語り音楽塾」なんて、ちょっと変わったネーミングじゃないですか?  自分でもそう思いますよ。 でもこれには私の、結構深いこだわりが秘められているんです。

私の音楽生活史をちょっびりお喋りさせて下さいな。

私が大学を卒業した頃、世の中は東京オリンピックで自信をつけた日本が、高度成長経済を謳歌していた時代でした。卒業の春、前年に設立されていた某楽器メーカーの音楽教室ネットの中枢をなす団体に就職。多くの音楽教室講師さんとのつき合いが始まりました。

その少し前から、この企業の音楽教室の講師さんを主なる対象として「音楽能力検定」というものが実施され始めていて、私はその「受験対策講座」を多く担当するようになりました。何故なら、彼女たちにとって最も不得意な部門が「メロディーに和音をつける」「その和音付に基づいて、簡単なvariationをその場で即興的に弾く」という、私の専門とする分野に根差す試験科目だったからです。足掛け30年以上その仕事をしてきました。

しかし、いつも私を苦しめていたのは「対症療法ではダメ!根っこから治療しなくちゃ」という思いでした。「対症療法」とは、「この形のメロディーには、こう和音をつけて・・」と、よくあるパターンに何の理論的根拠もなく「カン」で和音を当てはめて行こうとする人々を
援助することでした。「仕事」というものは、往々にして自分の「心の叫び」とは矛盾するのが世の常。私も随分と自分を抑えて「お仕事」をして来ました。しかし、その時間が長くなればなるほど、自分の奥底のストレスは増大する。
40代の半ば、とうとう私は我慢がならなくなって、「お仕事」と
「自分が芯から納得できる仕事」を両方やろう、と決心したのです。
勿論、「納得の行く仕事」の方がお金にはなりませんし、手間もかかります。しかし、そのころの私は「芸事を職としてしまった以上、"
これがやりたかったのよ"という仕事をしないで死んだんでは哀し過ぎるじゃないの」という思いでいっぱいでした。

それが「音楽塾」の前身の自宅での勉強会を始めた動機です。
ピアノを弾く、ピアノを教えるには、対象である音楽を正確にしかも深く理解することが大前提です。その為にどうしてもあなたの手が持っていなければならない武器。それはまず第一に「和声が解るあなた」なのです。音楽を把握、理解するのは、まず第一にその曲の調性、和声進行が構築している「音楽エネルギーのうねり」を把握できなくてはなりません。
次に、その理解を「水先案内人」として曲の構造を知り、演奏計画を
自分で書き上げることが出来るようになって欲しい。
更には、音楽史の素養に支えられて「この曲を書いた作曲家はどんな時代に生きたのか、どんな音楽スタイルで曲を書いたのか」をつかめなくてはいけません。

「そういうあなた」になってもらうために、私は20年近く前に「説き語り音楽塾」を始めたのです。何が何だかわからないのに、闇雲にピアノの鍵盤をたたくことを止めて欲しくて。「説き・語る」私の言葉を聞いて欲しくて。そしてその中から、あなたが自分で誰の力も借りないで
楽譜という道具を通して「音楽」と語り合う、そんな力を綯(な)い上げて行って欲しくって。

こんな夢みたいなこと、誰も本気で相手にはしてくれないだろうなぁなんて、ちょっと自虐的な気分だった20年前の私。でも。来てくれたんですよ。1期生が8人! そして、「もうダメかな」って思う程
志願者の少ない年があるかと思うと、その次にはモリモリとやって来てくれる・・・ という不思議が起こって。あらあら、と言ううちに
20年が経ちました。

今は、7年前に切り替えた「フランス流儀の和声法」を心を尽くして学んでくれる塾生と、楽しく月に2回の勉強会をしています。
加えて。一昨年から「バッハをきちんと解りたい」という声に応えて
インヴェンション+シンフォニアを終了し、現在は「平均律の2巻」のフーガの分析も欲張って勉強しています。

「平均律のフーガ」は、音楽大学では必ず弾かされる作品なのに、ほとんどのピアノ科学生が、「それって何?」という本質的な問いを問いかけるチャンスを与えられていない、不思議な作品です。

どうでしょう、一度、見学にいらつしゃいませんか?
フーガ・という古今東西最高に精緻な楽曲形式、その中でも非常に優れた作品であるバッハの平均律と思いっきり仲良くなるために。
「初めの一歩」を踏み出しましょう。  まずは、クラスの見学から・・・

 塾生共々、お待ちしています。

 日程は当HPの「スケジュール」から。
 お問い合わせもこのHPからどうぞ。


























新しい企画

 「イベント・スケジュール」の欄でお知らせしましたように、2013.9月と11月に開催しました「音楽の読み方・さらい方
勉強会」をシリーズ化しようと思います。

2014.4.6.(日)を皮切りに、月に一度の日曜日。

 9月の会は、和声クラスの一人が「小さいころから教えて来た男の子が、私の背を追い越す高校生になりまして。木枯らしのエチュードを弾くようになりました。いろいろ、教え方に悩んでいるのですが、アドヴァイスをお願い出来ませんか」と相談して来たのがきっかけでした。 私は答えたのです。「うぅーん、難しい質問だわねぇ。それって、患者を診察させてもらえないのに、診断と処方を聞かれている 医者のようなものでしょ? その生徒さんを一度、私に教えさせてくれたら、何か参考になる意見を言えると思うけれど。」という会話から始まったのです。

その高校生は、体格もよく、よく動く指を持った青年でした。頭もいい。楽しみな子です。しかし、「うたう」ということの本質に対してまだまだ手を加える余地があった。私にとっては、とても楽しいレッスンが出来たし、素敵な若い意欲との出会いになりました。

 私と、その青年の先生との会話を聞きつけた仲間が、「あら、あなただけで習うなんてもったいないじゃない!私たちも聞きたいわ」と
言うので10人ほどが集まったのでした。

 私は常々面白いなぁ、と思っているのですが、わが国では同業者の
レッスンを見せてもらうというのは実に難しいのです。何故かしら、といつも思って来ました。きっと、沢山学ぶことがあるだろうに、と。 そこで、この頼みごとをきっかけに「教え方」と「楽譜との対話」について私の経験したことから何かを汲み取ってもらおう、と
思ったのでした。
 言葉で説明するのは難しいのですが、とてもいい勉強会だったと思います。それは、「楽譜を読む」という、音楽表現のもっとも大切で、ある意味一番難しいことについて、真剣に考えてみるきっかけになったからです。

更に、私がとっても大切な事なのに、この点をきちんと教えてくれる先生が多くない、と不思議に思っていたこと。「楽譜から読み解いた音楽を、さあ、実際にどのようにさらい、練習したら目指した音楽を表現出来るか」という問題です。 練習の仕方、手順は本当に大切なことなのです。

こうした諸々を、月に一度しっかり考えてみましょう。

これまでは、参加者が希望する曲を取り上げていましたが、シリーズ化に当たって、一貫したテーマがあった方がいいと考えて、わが国で
とかく敬遠されたり“難しい”と思われている(ほぼ例外なく、弾かされるのに、本質的には好かれていない)J.S.Bach: のInvention &
Symphonia  に取り組もうと思うのです。
簡単な分析を基に、「どう弾くか」の前に「どううたうか」を真剣に考えてみる。“Inventionは、最高のソルフェージュ教材だ”というのが、永いこと私がいい続けて来たこと。 それを実際に実行してみたいのです。

 どうぞ、お集まり下さい。

合間に、参加者の希望する曲についても、取り上げて参ります。












スペイン紀行 その

今日はクリスマス・イヴ。 スペインでイヴを迎えるなんて、ロマンティック! なんて言い合っていたのですが、実情は・・・

 「12/24は15:00ですべての公共交通が止まります。スペインはいまだに大変敬虔なカトリックの国なので、人々は仕事を終えて家に帰り、家族とクリスマスを祝います。そして、深夜0時の教会のミサに与るのです。それを知らない自由旅行者がうっかり遠くまで出かけていて、マドリードの宿へ帰れなくなる、という話はたくさんあるので、
どうぞ、歩ける範囲のところへいらして下さいね」という注意を聞けたのは、日本人が経営する民宿に泊まった功徳でした。

 しからば、まずは徒歩圏であったマドリードの中心街「Sol」を
見ておこう、と出かけました。宿を出て両側の土産物屋を冷やかしながら坂を上る。家の1階部分(スペイン式に言うと、地上から入る部分が「0階・・グランドフロア」で、日本人式に言えば「2階」部分を「ファースト・フロア・・1階」といいます)をお客の通路に提供する、というか雪国の「雁木」のように一種のアーケイドになっている商店街が、若い人たちの興味をかき立てます。

 
ぽっと広場に出た。するとそこは露店の群れ。みんなクリスマスの飾りを売っている。イヴ・当日だというのに。「今日になって売れるのかしら」と言い合いながら歩く。日本で言うなら、締め飾りを大晦日にガンガン売っている、という訳ですからね。
しかし、結構売れているから面白い。

「トイレ考」で書きました、ちょっとおシャレなショツピングモール
に行き当たりましてね。珍しい、面白い。コルクを原料とした小物だけを売っている店がありました。ワインの栓に使うコルクはこの近くが原料生産地だつたかなぁ〜?なんて自問しながら珍しくてキョロキョロ。ホットワインを売っている店のとなりに、しっかり惣菜屋が。
人々は隣の惣菜屋で買ったつまみで、ハイチェアーでゆったりワインを楽しんでいます。東京郊外のスーパーで見かける「フード・コート」の同類なのでしょうが、もっと小じんまりしている分、親し気な雰囲気があります。我々もワインを1杯と、小盛りのパエリアで思わぬ「ブランチ」。楽しかったわ。

寿司やもありました。日本食はヨーロッパでは将にブーム!
しかし、日本人から見ると「えぇっ〜〜」ということもあります。
ここのも巻物だけでしかも、実に不細工。日本人てこうやって見ると器用なんだね」と言い合いながら歩きます。と、隣の魚屋に魚の名前と絵が掲げられていました。しかも傍に日本名があるではないか。
「おぅ、スズキはスペイン語ではOOって言うんだ!」と歓声が。
私は早速メモ・メモ! こういう「お役立ち情報」を街で拾うのってうれしいですよね。

そうこうする内に14:45位にもなりまして。と、突然広場中の出店が
一斉に店じまいを始めた。本当に15:00!!なんですね。
何だかシンデレラの0:00みたいに片付けは完了。広場はすっかり広くなってしまいました。
いかん、早く行かないと「Sol」だってもぬけの殻になっちゃうゾと急ぐ。ここで案内書にある「スぺイン0km地点」(ここを起点にすべての国道が始まる、という)を撮影出来て一同満足。さぁ、それからは銘々お目当てのグッズを求めてあちこちの店に散ります。
集合時間だけは厳守でネ。 さすがに観光客の集まるこの広場付近は
夕方まで店が開いていましたが、それでも観光用市内循環バスも16:00で止まるそうです。いやはや。

勿論、プラド美術館も、王宮もクローズ。ウーン、ヴァレンシアでのサッカー観戦に重点を置いたのだから、と思いつつもちょっと残念なマドリードでした。































スペイン紀行・その

 ここらでちょっと、スペイン+パリ、トイレ事情を書いてみます。

今回目につき気になったのがスペインでもパリでも、トイレです。
2010年のスペインではあまり意識に上らなかったのですが。
時期が特殊で、博物館や美術館から締め出されたことが多く、街歩きばかりしていたせいでしょう。

他の国でも、街歩きの時のトイレはなかなか問題です。その為に、さほど気に入らない店でも「お茶を飲む」羽目になることもあるもの。
何人かで歩けば、そういう「困った」の頻度も上がるのは止むを得ません。しかしながら今回感じたのは、トイレって旅行者にとっては(寒い時期でもありましたし)切実なインフラなんだよなぁ、ってこと。新しい街へ入ってまず尋ねる「i」(インフォメーション・観光案内所)にトイレが併設されているケースはとても珍しい。しからば
飲食店に入る以外の解決法はあるのか。日本でなら「マクドナルドを探せ!」ですが、最近では「不潔なこと夥しい、とても使う気になれない」と定評があったJRのトイレでさえ、随分整備されてきた率が高まっています。


本当に何回もヨーロッパを遊び歩きましたが、今回は1ユーロ=143〜145円という円安に悩まされながらの旅でした。
私の記憶にある「毎年パリ+ペリグー音楽講習の旅」が始まったのは
1989年でした。この頃は確か1ユーロ・110〜115円位でしたね。
一番ひどかったのが、忘れもしない2008年の旅で、このときは1ユーロ170円!! これはキツかった。だって、カフェでちょっと一服、と思うでしょ。コーヒー1杯が2.5ユーロだと425円、3ユーロなら510円です。日本でなら高くても300円止まりの店で。一々神経に触る。

まぁ、旅に出て来たんだから、そう細かいこと言いなさんな、と思いたいが、当時は学生さんを沢山連れていましたから大変でした。

大人との旅になって少しは緩和されたものの、こちとらもそうそう働き盛りとも言えぬ年齢になりますと、やはり神経がとがってきます。
(しばらく書きかけをご覧に入れてすみませんでした。続きです)

マドリードの素敵なショッピングセンターでの有料トイレ。1ユーロで、とても感じがよかった。2010.12年の旅までの記憶では、1.00
という数値はなかったように思う。大体0.5ユーロ程度でしたが。

今回の「おぉ〜う」はパリ・ルーブル美術館の地下にあるショッピングモールのトイレでした。「カルーセル」という総称を持つ素敵な
モールでして、ここの中の小物・雑貨屋さんが大好きな私。
そこを目指していると途中に長い列。はて、何ならんと眺むれば・・おぅ、トイレ待ちですかと。ついと最後尾に。思い出した!2年前。
「これって、トイレット・ペーパーなの?」と叫んでしまいそうな素敵なペーパーが売られております。(従って、おいおいその値段は??)というものも売っております。

トイレット・ペーパー屋さん経営の有料トイレ・という訳です。
さて、順番が来て。お金を払う段になって「2ユーロです」「はぁ?」(日本円では290円!!)いくら、とっても上等なトイレットペーバー専門店の経営だからって。いくら、一人お客さんが出てくる度に係のおじさんが便座をサッと一拭きしてくれるからって。高いんじゃないでしょうか!!

さて、締め括りは。東駅前のケバブ屋さん。「ケバブ」をご存じですかしら? 長〜い金串に羊の肉を重ね刺しにしたものを、グルグル回しながら炙ります。タレを塗り、塗りして焼いてゆく。その辺りへ近づくと得も言われぬ香りがして、ついつい引き寄せられてしまう、というアラブ系の食べ物。この店もテイクアウトしてもよし、店内で食べてもよしの店。ここで誰かが「トイレ」。はぁい、探してらっしゃい。・・「鍵がかかってますよ」「ンまぁ、おニイさんトイレを開けて下さいナ」「はい、1ユーロ」・・・ こんな店構えで、食事をする客もいるのに・・しかしまあ、仕方がない。1ユーロ献上して入りました友人に続いて入った私は息を呑んだ・ね。 便座がない!!んです。有料トイレで便座がない、はさすがに初めて。  いやはや。

 美術館は無料のトイレがありますからご心配は無用ですが。


























スペイン紀行・その


初めて、年末年始を海外で過ごしました。
ヨーロッパほっつき歩きが最大の楽しみである私。でも、この時期は
考えたこともなかった。それはやっぱり、一応・“主婦”である私には動きにくい時期だったからです。しかし、今回は同行者たちのたっての事情でこの時期に出かけることになりました。

 12/20という出発時期は、飛行機の運賃もまだ安く、出かけ易い。
しかし、しかし・・です。結論としてこの時期の旅行はちょっと考えもの。何故かって? 特にクリスマスにかかると、(12/24.25はマドリードに居ました)店や美術館は完全休業。観光客は行く所がありません。よほど素敵なホテルライフを楽しむプランを立てていた方はいいでしょうが、私はホテルは「清潔で安全ならいい」と考えるタイプなので、じっと部屋にいろ!はちょっとネ。

しかし、その代償として、今回の旅の眼目であった「スベインでのサッカー観戦」しかも世界に冠たる“レアル・マドリードをスペインで見る”体験はスリリングでした。

まず、切符入手から冒険は始まります。さて、買えるんだろうか?
結論として買えましたし、観て来たのですが、これはなかなかスリリング! 「ネットでスペインサッカーのチケットを買う」の奮戦記をヤフーに投稿してしまいましたよ。そしていろいろなことが分かりました。
・試合の日程が相当近くならないと決まらないこと。(これを主眼として旅をしようとすると、日程が決まらない・・飛行機の切符を買うのに苦労する・・宿を取るのに苦労する・・クリスマスの宿は本当に取れない・・などなど)

・主宰する「サッカー協会」・「切符を売る(正確には協会と買い手の間を仲介するだけ)エージェント」・「観客」という三者の関係性が、日本の一般的消費者の感覚とはちょっと違う。

・エージェントが「あなたはOO日の切符を買えました」と通知して来た日と、サッカー協会からネットで送って来る試合の日取りが違っていても、買い手は文句が言えない。「サッカー様を見せてやるんだ、有難く思え」ってぇ訳なんです。これにはちょっとびっくりしました。

・値段。切符に書かれた値段と、私が払った値段の差にびっくり。
 つまり、エージェントというのは、実にいい商売なんですよ。
 しかしそれは、日本という遠国に住んでいる、素人の感覚であって
 実態はもっとすごいものらしい。 私たちが見たのは、ごく普通の試合、しかも相手の「FCヴァレンシア」は、それほどのトップチームではないらしい。これが「プレミアリーグ」だ何ぞとなったひにゃぁ、日本から買う1枚の切符が10万円台に跳ね上がるというからすさまじい。そうなると、私のような「一般人」には関わりのない話になりますがね。
私が払った「仲介料」の程度なら、遠い異国からトップチーム・レアルマドリードの試合をみたい、とお願いするのですから、まぁ、仕方がないかな、と思える了解可能範囲ではありました。

よろず、初めてずくめの経験でした。

私が「試合が見られるかも知れない」という野望を持ったのは、「この時期でも試合はある!」ということに気が付いた時からです。
しかし、場所が我々の訪問予定地・マドリードではない、と分かった時はちょっとガックリ。でも、ここであきらめてはいけません。
「Away・っていうけどサ、どこでやるのよ」「相手チームの本拠地だから、ヴァレンシアなんじゃない?」「ヴァレンシアねぇ。それってどこ?どうやってマドリードから移動するの?」
調べた、調べた。そこはバルセロナの少し南、同じく海に面した街です。オレンジが実る所。スペイン国鉄ご自慢の新幹線“AVE”で約2時間の距離。フンフン、不可能な移動距離ではないな。
しかし、問題は試合の日が(最初の話では)12/21日という、我々がパリを経由してマドリードヘ到着する日であったこと。試合開始は
夜の9時!(これも日本人的にはびっくりですよね。いかに週末・土曜日であっても、こんな時間からでは、子供は連れて行けないだろうに。サッカーは少年の楽しみでもある、と思っていた私。実際には沢山の少年少女を見かけました。)時差の関係もあって、我々のマドリード到着は12/21の午前9時05分。空港からアトーチャ駅へ移動してAVEに乗換て2時間、充分間に合う、と言うことが分かった。

さて、その次は宿です。試合終了は夜中に近いのですから、まったく土地勘のないスペインの街で、女だけでどうやって宿まで帰るのか。
これが大問題。あれかこれかと宿の情報を見ていると、「エリア別」という探し方があるんです。それで「スタジアム近く」と探すと、あった!ありました。「スタジアムへ0.1Km」!!! はぁ?? 100mってことは「目の前」ってことじゃない。話半分としても、試合終了後のあのものすごい人の波を思うと、まずまず強盗の心配はなく宿へ帰れそう。思い切って敢行しよう!ということになったのでした。

 さて、実際のお宿はというと。おっそろしいほど安かったので、心配しいしい着きました。が、とても感じのいいスタッフたちでしたし、英語が30%位しか解らないおニイちゃんも、一所懸命こちらの要望を理解しようとしてくれて気持ちがいい。トイレ・シャワーもきれいでお湯も出た。まったく問題のない質の宿でした。PCにあった写真は正しくて、窓からスタジアムが真ッ正面に見えます。ホント・100m。

試合の当日は「時差もあるんだし、昼寝をしてから」なんて言っていたのにいやはや。何ともすごい熱気で早くから応援隊らしき声が聞こえてきます。寝てもいられず、開場を待ち兼ねて入場。天井桟敷ですから階段を登る・のぼる! しかし、イイ気分。あんまり人の入っていない大スタジアムを俯瞰するというのは。既に「ホームチーム側ゴール裏」に陣取った応援団からは「オーレー!オーレ」の大喚声が聞こえます。元気だなぁ〜 いやが上にも気分は盛り上がる。

さて、キック・オフ! 目の当たりに見るレア!ル・マドリードの選手たちは、やっぱりすごい迫力です。その走り、パス廻し、シュート。
私の様な及び腰サッカーファンでもコーフンするのですから、好きな人には堪らんでしょう。この日の為にと用意した「寒さ避けグッズ」をすべて動員して。やはり、南スペインでも年末のサッカー観戦は寒い!!でも、それを忘れさせるような騒ぎでした。隣、前の席のおニイさん方のにぎやかなことったら。ちょっとうるさいと思うこともありましたが、まぁ、彼らもこのお祭りの為に普段頑張って働いてるんだろうから、と。 血が熱いのネ。

終って。フーー、です。宿に帰ったらもう、バタン・グー!!


 


























落語、お好きですが?

 昭和の名人を見る!

2013.11.21.の土曜日。ようやく見つけたのんびりの午後。
前々から見たかった「昭和の名人たち」シリーズ、落語編のシネマを見に、東銀座の東劇まで出かけて行きました。

 
1番は「桂 文楽」何とも言えない雰囲気のある噺家でしてね。

2番は「古今亭志ん朝」 

3番が「三遊亭 圓生」の鰍沢

4番が「柳家 小さん」の時そば

何という豪華さです!えぇ?


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