草津音楽祭を聴いて来ました。

  いささか、古い話になって恐縮ですが。

 2015.8月。随分前から行ってみたかった「草津音楽祭」を聴いて来ました。

きっかけは、博多で私の「和声法クラス」に参加している子が、フルートで受講する。その為に「受講曲の分析を見て下さい」と言って来たことでした。どおお? 皆さん。この私の「自慢の弟子」って素敵でしょ?

「だって、こんな素晴らしい音楽家に見て頂けるんですもの、曲をきっちり解ってからでないと、とても吹けないんですもの」と云ったのです。すっかり嬉しくなった私、彼女と一緒に一生懸命勉強しました。とても楽しい時間でしたよ。

 

そして、草津へ。この音楽祭では、参加・出講している音楽家が毎晩音楽会をします。私も着いた日を含めて3晩聞かせて貰った。そして、「わぉ!キャッ!と思った音楽家のレッスンに潜りこんだんです。普通は入れてもらえないらしいんですが、主催者側にちょっと知り合いがいたものですから。

 フルートの先生はカール=ハインツ シュッツ氏 という、ウィーンフィルのトップ・フルーティスト。まだ30代終り頃かと思われる若さですが、本当にいい演奏家で、私のこの楽器に対する認識を塗り替えてくれました。「フルート、ってこんな音のする楽器だったんだ」って。

又、そのレッスンが素晴らしい。毎朝、個人レッスンに入る前1時間「ウォーミング・アップ レッスン」と称して基礎の基礎、スケールを吹かせる。これがいいんですよ! 私のようにまるでこの楽器を吹けない人間が聴いていても「なるほど、そういう風にさらうのか」と思い、時々「君、そこ吹いて」と指名される受講生の小さな進歩が理解できるのです。そして、音楽的に絶対に譲ってはいけない所、基礎技術の「揺るがせにしてはいけない部分」を若い人に叩き込もうとしている。見ていて小気味がよかった。

後に。参加していた旧知のヴィオラ奏者、ジークフリート・フゥーリンガー氏と共に東京の自宅に来て下さって、一夜、夫の日本料理を楽しんだのですが、誠に人間的魅力にも溢れた方でした。

 

更に、ピアノのクラス。ここでは、3人の若い人を聴いたのだが、「基礎訓練をもっと積み上げてから、こういう人のレッスンに臨もうよ!」と心の中で叫んでいました。選ぶ曲が大曲過ぎるのです。(我が家への道すがら、フルートのシュツ氏とその話になりましたら、彼も、フューリンガー氏も口を揃えて「それは大きな問題だ」と言っていましたね。)それと、私が毎日自分のスタジオを訪ねてくる生徒に言い続けていることを言いたくなったの。

「ねぇあなた、ピアノの前に座る前にもっと楽譜と向き合って!」って。「楽譜」には、作曲家からのメッセージが詰まっているのですよ。

例えてみれば、これから舞台に上がろうとする役者が、その劇の筋立ても、自分がそこで演じる役柄も全く知らないで、(音符という)セリフだけを棒読みにしゃべっている。そんなことにはなりたくないでしょう? 

 楽器の無い場所で、「じっくり楽譜を読む」という習慣をつけて欲しいのです。

それに必要な道具が「和声法」! この曲の構成は?  転調はどこで起こり、それはどんな波乱を音楽に起こしているのか。この調、このフシ、この音型は何を言おうとしているのか。まずは落ち着いて考えてみて!と思いました。

先生たちのご注意、提案、アドヴァイスを受け止めるには、唯「さらう」、「指が廻るようにする」だけでは十分ではないのです。

「曲の内容をつかむ」準備をまず先に。 それから指の面倒を見て欲しい。

 来年は、もっと時間を取ってじっくりと参加したいと思っています。

そして、来年の参加を考えている若い人に提案。「受講準備会」をしましょうよ。ほんのちょっとの努力、「音楽を読み解く」準備を整えてから出かけて行ったら、そうでないより何倍ものプレゼントを講師の方々から頂いて帰れると

思うからです。

もう間もなく2016年が参ります。動き始めましょう!!

 

 



2015.ヨーロッパ二人旅・その パリ

 2015.6.6. ミラノの宿は中央駅のすぐ前で、そのホテルの窓から見下した所に、空港行のバスが停まっている、という素晴らしいロケーション。ゆっくりと朝食を摂ってからバスに乗ります。こういうのんびり、が可能なのが自由旅行のいい所。失敗も沢山しますが、ツァーにはない魅力です。さて、パリはシャルル・ドゴール空港に無事到着。バスで市内へ。今回初めてアパルトマンに泊まった。着いてみるとあまりの狭さにびっくりしましたが、凱旋門から歩けるという地の利と治安も悪くはないこと、値段との釣り合いを思えば文句をいえた義理ではない、と納得。目の前にスーパーもあって、ささやかながら「住むように泊まる」という夢も実現しました。

さあ着替えをして、東京で買っておいた「マリオ・ジョアン・ピリス」の演奏会に飛び出します。この会場で、ドイツはフランクフルトから私に会いに飛んで来てくれる弟子と合流しょうという、なかなかスリリングな計画。“Theatre de la Ville”という古い会場。有難いことに無事彼女は隣の席に座って待っていてくれました。この何とも古色蒼然という会場でピリスを聴く、と言うのも私が経験してみたかったことなのです。 というのも。パリには相当回来ているのですが、毎回「日本では見られないものを」と言うのでオペラとバレエばかりを追っかけていて、室内楽をじっくり聴くチャンスを作らなかった自分に気づいたからでした。

今日のピリスは、ジュリアン・リベール(Julien Libeer)という若い弟子との4手連弾を織り交ぜてのプログラム。この若者を世に出してやろうというのが眼目のようです。

まずは二人の F.Schubert:Fantaisie pour piano a 4 mains (f mineur) Op.103,D 940

この出だしのメロディーがピリスの手から紡ぎ出された途端、「あ〜、この音、この節を聴くだけでも、今日ここに来られてよかった」と思いましたね。何とも言えない音色なんです。曲全体もとても素敵。若者も頑張ってました。

次はジュリアン君のソロでRavel: Le Tombeau de Couperin. (クープランの墓)

これはどうも納得できなかった。ん〜、この曲、こういう曲だったっけ?っていう感じ。そして最後がピリスのソロでSchubert: Piano Sonata 変ロ長調, D 960.

まったく至福のひと時、でありました。

夫・倖三、私、彼女。三人三様の感想を胸に、とても満ち足りて帰って来たのでした。2年前にご主人の転勤で渡独した彼女は、とてもいいピアノを弾く人で、ヨーロッパでの生活をエンジョイしている様子でしたが、パリで室内楽を聴く経験を喜んでくれました。

6月8日

夫が前夜から発熱。疲れもあって風邪をひいたらしい。可哀想だが薬を飲ませて一人でお留守番してもらう。私は諸々予定した用事がありましてネ。切符の取り直しやら、東京の友人に聞いた素敵な図書館を訪ねるやら・・

そしてそのまま音楽会へ。場所は都心からは少し離れる「パリ国立高等音楽院」の構内にあるホールです。私が毎年ペリグーの講習に通う道すがら、ジャン・ジャック・カントロフやミッシェル・アリニョンのレッスンを聴かせて頂きに通った懐かしい場所。6年来なかった間に、この構内に素敵なコンサートホールが二つ出来ていたのです。

この場所を見ることも今回の楽しみの一つでした。ここで私は一つミスをした!開演時間を1時間早く思っていたのでした。翌々日・6/10に行く予定の会と勘違い。で、着いてみれば「あと1時間半あります」という状態で。まぁ、近くのカフェで時間をつぶしてもいいのですが、これもチャンス、と公園にもなっているこの辺りを散歩。こういう「パリでひとり」という時間は素晴らしい。ものすごく解放感があります。(なにナニ?普段は解放されていないのか、って?フフフ) 折から抜けるような青空でしてね。ジュン・ブライド(6月の花嫁)という言葉がありますが、梅雨のないヨーロッパでは6月は最高に気持ちの良いシーズンなのです。人影もまばらな大ホールの広い前庭に座って眺めた青空が忘れられない。

そうこうする内、室内楽ホールも開場。しかしまぁ、なんという世の中の進歩でしょう。当節の音楽会には「入場券」というものが無くてもいいのです。日本からネット予約し、プリントアウトした予約券にあるQRコードを、おニイさんがチャっと読み取っておしまい。まあ、便利というか味気ないというか。6/8のピリスの時は、受付で本来の入場券に取り換えてくれたのですが。昔はこの「入場券」に意匠が凝らしてありまして、思い出にとせっせとファイルしていたものでしたが。

さて、本日の会は。とても面白い企画なんです。演奏はミュンヘン室内合唱団と室内官憲楽団。指揮はアレクザンダー・リーブライヒ(A.Liebreich)


Pascal Dusapin 

(1955〜)という気鋭の作曲家(ナンシー出身。美術科学芸術学美学ソルボンヌ大学で学ぶ。フランコ・ドナトーニの指導で1970年代中葉よりヤニス・クセナキスの講習会に出席した。この時期に「線的」な作曲技法を極めた。

1981年から1983年までローマ留学。1993年から1994年までリヨン国立管弦楽団のコンポーザー・イン・レジデンスに選任される。1979年にエルヴェ・デュガルダン賞を、1993年に芸術アカデミー賞、1994年にSACEM賞交響楽部門等を受賞。東京音楽大学の招きでマスタークラスを開催してもいる。

コレージュ・ドゥ・フランスの開講講義を行った音楽家の2人のうちの1人であり、トロンボーンとオーケストラのための協奏曲「Watt」でUNESCO大賞を受賞した。)

「Disputatio」という作品。これがとてもとても面白かった。演奏がいい!合唱というのは何と凄い音楽素材なんだろう、と思いましたよ。 合唱が「〜〜」とたたきつけるように歌う。残念ながらドイツ語の歌詞は全く解らない。が舞台の壁面にフランス語のキャプションが写し出される。私のフランス語でもあらかたの見当はつく、宗教的な内容なのです。「死とはなにか!」「神とは何か!」なんて具合で。オーケストラとのバランスもよく、これはヨーロッパでも一級品だな、と。

更に、この「超現代」の作品と、フランスではもはや古典であるMaurice Durufleの"Requiem"を対峙させてという企画。すごいことをやるなぁ、とという実感。おまけにこのMaurice Durufleの"Requiem" は、若き日の私にとって大変思い出深い作品でして。何とかお終いまで聴きたかったのだが、50分ほどの地下鉄と、23:00を過ぎた凱旋門からの暗い道を考えると、散々迷った挙句、安全を選んで"Requiem"を諦めたのでした。倖三クンの風邪が恨めしい。夫付ならメトロも道も何の問題もなかったのですが!







  



新しい出会い・オルガンの会

 2014年の秋、とあるご縁で「オルガン奏楽者の会」という集まりに入れて頂きました。藤原一弘先生のご指導の許、沢山のオルガン奏者が勉強しています。キリスト教会(プロテスタント)の関係者が多いのだと思われる。元々が、教会でオルガンの奏楽をしておられる方々の勉強会ですから。

 私は現在、そういう立場にはありませんが、若い頃は奏楽をしていたこともありました。ですから雰囲気に違和感はなかったのですが、何せオルガンに関する知識のないこと。第1回の講義は、ほんとにチンプンカンプン!何が困るって、ラテン語まじりのイタリア語がバンバン飛び出すんです。講議に。周りは随分長いこと一緒に勉強しておられるらしく、「ふんふん・・」という感じで聴いておられます。 さすがに内心どぎまぎしましたですよ。

音楽史も少しはかじっていたつもりですが、ある範囲のことに分け入ると、又、話が違うってことが身に沁みます

元来、厚かましいというか、何にも出来ない、知らない癖に「面白そう・それ、知りたいわ」と思ったら、どんどこ聞きに行ってしまう、という性格なんですがね。この範囲のことについては、ちょっと自分の無知ぶりに驚いていました。紹介者がこの会を主導しておられる方でしたから、何人かの方が、いろいろと気を遣っては下さるのですが、ちょっと孤独感。

がさて、2回目、3回目と辛抱している内に、そこは同じ音楽の話ですから、薄皮をはぐように周りが見えて来ます。「はぁ〜、解ったようで解らなかったこの言葉は、こういう意味だったのか」とか、「ふん、つまりフーカ゛の前身なんだ」とか・・・ こうなって来るとどんどん面白くなる。

そして、藤原先生の主宰なさる演奏団体のコンサートを聴かせて頂く折が増えて。段々、真っ暗闇がほどけて行くのです。

久しぶりに、とても幸せな「学ぶ喜び・知らなかったことを知る嬉しさ」に浸っています。トシを取るのは「ヤダなー」と言うことも多いけど(鏡見るのが嬉しくなくなるしィ、走るのは億劫になるし、人の名前が出てくるまでに時間がかかることが増えるし・・・)反面、こうした新しい出会いのチャンスに、まっすぐ飛びついてゆける時間的自由が持てるのですよ。

イヤな事一つ、素敵なこと一つ。 いやーなことは、さっさと忘れるという、天与の才能を存分に発揮しているこの頃です。忘れさせてくれるものに出会える幸せ!
















「スーパー和声法講座」、ヤマハ銀座店販売ランキング第9位!

 嬉しいご報告です。

ある生徒が教えてくれたんです。「センセー、知ってますか?読みました?“ショパン”の新年号。ヤマハの銀座店で、11月に売れた音楽書・ベストテンに入ってますよぉ〜〜」って。

私は最近、音楽雑誌をちっとも読まなくなっていました。勉強の本は相変わらず貪婪に読むヒトなんだけど・・ で、この素晴らしい生徒さんは、速攻で現物を送って下さったんです。その時の私は。名古屋でお茶人の家にお籠り。とても珍しい、夜に行われる茶事の裏方に専念していたのです。やや「山籠もり状態」だった訳。音楽雑誌を買いに飛んで行ける環境ではなかったのでした。

で、家に帰ったらジャン!と「ショパン新年号」が私を待っていた。「書評も出てますよ」と、彼女は言ってくれたけれど、書評というより「悪くないから買って読んでみたら?」といった推薦文。これは嬉しいお扱いです。雑誌「ショパン」の皆さん、有難う!

まだ、お買い求めでない皆様、読んでやって下さいね。このHPから私にコンタクトして下されば、サイン入りにしてお送りしますから!! 




遂に刊行!  二冊目の和声法の本

 2014年10月、とうとう念願の2冊目の和声法の本を上梓することが出来ました。題名がスゴイ!
「解きながら身につく・土田京子のスーパー和声法」っていうんです。こういうネーミングというのは、一種独特の才能でしてね。
前著「説き語り和声法」とさらに前に出した「説き語り楽典講座」は
私自身の考えです。しかし今回、出版元・ヤマハミュージックメディアの担当者諸氏はとっても積極的な方々で。表紙も思いっきりにぎやか。(近日、このHPにもそのかわいい表紙をUPします!)

とにかく、この本が出来たことを喜んでいます。
何がいいかと言いますと。 
その1. 念願の課題と実施例を一定量載せられたこと。

その2. 「課題の解き方」を分解しながら、手順を追って順次解説
    出来たこと。

現実の問題として、和声法を本だけで、対面で教えてくれる先生につかないで学ぶのは、とっても難しいことです。しかし、日本における和声法をきちんと教えてくれる教師の数の少なさを考えると、難しいことではあるけれども、出来うる限り「読んで解る和声法」の本を片手に「じゃあ、実際に解いてみよう」が可能な本が必要だったのです。 誰もが「あるといいナ」と思いながら、どういう訳か出会えなかった、そんな本が書けました。 是非、読んで下さい。

買って下さる方が一定数に達する頃、定期的に「この本をどう使うか」「課題の解き方の実際」をお話する会を設定したいと考えています。場所は第一に東京・練馬の土田スタジオ、次に希望者が一定数いて下さることを条件に、大阪または京都、博多で開催したいと思っています。

前著「説き語り和声法講座」を出して以後、私の周囲に思いがけない波が渦巻いた。それは、「この本を読んで、これまで何冊の和声の本を読んでもわからなかった“和声法とはどういうものなのか”が、見えてきた。もっとわかりたいから教えてくれ」という方々からのコンタクトでした。しかも、これが「音楽を仕事にしていない人」からのメールが多かったことが、私に新しい目を開かせてくれました。

こんなにたくさんの方々が、「和声法」が解らないと、音楽の楽しみを味わうのに損をするんだ、ということに気が付いておられる!
そのことが無性に嬉しかったのです。

そして5年の時を経て、この度「課題集と実施例」を備えた本が出版出来ました。こうした「解りたい」願望を持った方々には朗報で
あり得ると、ちょっぴり自負しています。どうぞお買い求めの上、熟読、そして、課題に取り組んで下さい。

そして、このHPから「通信添削」に応募して下さい。
いつか将来、この国のどこででも、私の課題を集まって解き合い、
「何故、そこにはその音を置く方が綺麗なのか」を顔を合わせて論じあうサークルが生まれますように。
その日を夢見て、私は10年以上前から東京・大阪・京都・博多に
皆さんのお手伝いが出来る可能性のある「講師」を養成して来ました。楽しい夢が広がって、最近の私はシアワセなんです。

沢山の方からの「読後感想」を待っています。










スペイン紀行・追加のその

 旅の最後のパリを書いていなかったことに気がつきました。

スペインのマドリードでクリスマスを過ごした我々は、パリへ飛びました。2013.12月28日のことです。宿に荷物を置くとまずは街歩き。
コンコルド広場から凱旋門までのシャンゼリゼ通りが、隙間もなく並ぶ露店の村と化しているのにびっくり。すごい人! ちょっとそれらを冷やかして、後は大通りの歩道に出て、バスに乗ります。
歩いていたんでは、いつ、凱旋門まで行けるか分からないほどの人でですから。

私は大きな誤解をしていたのです。 クリスマス時期のヨーロッパは街々の飾り付けが綺麗よ、と友人に聞かされたことと、若い頃のカナダ暮らしの経験から「クリスマスは家族で過ごすもの、街はきっと静かだわ」と勝手に思っていたのです。
パリ暮らし5年、という友人に「その時期はなぁ〜、パリはお上りサンでいっぱいだよ」と言われたのに「そうなのかなぁ??」と正しく
受け止めなかったのがいけませんでした。

いざ、旅の準備を始めてみると、宿の取り難いこと、高いことにちょっと驚いてはいたのですが。年末の美術館・博物館の開館時間をしっかりチェック。翌日29日は、まずは落とせないルーブル美術館へ出かけました。混んではいたものの、さすがにルーブルは懐が深い。これだけの人を呑みこんでしまうのだ、と妙なことに感心しつつ、今の時代と携帯電話に感謝しながらの見物です。美術館歩きは「ご一緒に」というのは、まず無理なのでして、各自の興味が違いますから、どうしても歩度のズレが出て、迷子になります。これを気にしていたのでは、何を見に来たのかわからなくなってしまいます。で、一応「何時にチェックポイント・何々の前で会おうね」と、約束して各自行動。しかし、それも不可となったときは携帯メール・電話の活躍です。 ゆっくり、たっぷり、丸々一日歩き廻って堪能しました。こんなにゆったりとルーブルを見たのは久しぶり。若者もそれぞれの印象を抱えて戻って来てくれて、嬉しかった。

30日はベルサイユへ足を延ばしました。これがなかなか厄介なのでして、パリからの電車で何度迷ったことか! でも今回は大成功。
とても短い時間で行きつくことが出来ました。しかし、なんです。
「おっ、意外に早い」と喜んで、駅から宮殿へ歩き着いてみると「えぇ〜!これ、皆、入場を待ってるの??」と叫んでしまうような長蛇の列。よっぽど帰ろうか、と言いたかったけれど、若者ははて、次にいつ来られるか分かったものではないのですから、ここは辛抱。じっと耐えて並びました。(寒かったわぁ〜)

そして、ようよう宮殿の中へ。(切符を買うのもなかなか・・・)
これが又、まっすぐ歩けないほどの混雑ぶり。ルーブルは器が大きかったので混雑もしのげたのですが、ベルサイユは皆がゾロゾロ歩く廊下が、それほどの幅ではない。ことに、一つの部屋から、次の部屋への接続部がくびれている個所が多く、ここに人が溜まってしまう。
忍の一字・なのであります。

それで、諦めて代表的な場所を見ただけで逃げ出しました。
それからパリへ戻り、到着した日から2度ほど行っては満員で入れなかった「下町の食堂」へ3度目の挑戦。今回は入れた!! いやー、大変な混雑。当然相席です。我らはオランダから来た、という若いカップルと隣り合わせました。感心したのは、ウェイレスの記憶力とサーブの早く的確なことです。唯、ちょっとコワイ位のきびきびぶりでしたが。毎日の仕事による訓練のすごさを思ったことでした。

一番若いメンバーの注文に「エスカルゴ」なんてのがあり、一瞬心配しましたが、彼は難なくペロリ。若い適応力に感心。(好き嫌いの少ないアタシ・ですが、あれは苦手なんです!)

30日は街歩きの末にエッフェル塔へ。私は1度だけ登った経験がありまして「これは上がる価値あり」と思っていましたから、仲間にも勧めたのですが、これもまた長蛇の列。うぅ〜ん、、で結局下から見上げるだけに。

31日。いよいよ2013年最後の日です。一旦ホテルへ戻った我々、シャンゼリゼの「年越しカウントダウン」へいってみよう、と言うことになった。話に聞く「6・5・4・3・2・1、Happy Newyear!」で
辺りかまわず近くの人のほっぺにキスする、というアレ。

メトロの駅で。様子がおかしいのです。まずずらりと並んだ券売機のほとんどが「close」。変だなぁ。1台動いている機械の前に長めの列があるので並ぶ。すぐ前に体の大きな青年が3人、機械と奮闘しています。どう見てもパリジャンではない。ベルギーから来たんだと。彼らの困っているのを観察して、こちらは参考にしようという寸法なんです。すると、通りかかった土地の人らしいマダムが「5時以降は切符は売らない」といった身振りをして彼らに注意している。
その3人も「はぁ〜そうなんですか」といった様子で機械の前を離れて行った。
これを見ていた私たち、「なぁんだ、混乱させない為に人の集中を止めてるのね。自由の国フランスにしては不思議な規制だけど」と、素直な日本人は諦めました。電車を止めるんだわ、なんぞと勝手に納得。
「でも、まだ5時よ、年明けの瞬間まで待ちながいわねぇ」なんてぶつぶつ言いながら。
で、駅から3分のホテルに戻ってフロントのおじさんに「不思議なパリの大晦日」のことを聞いてみたら。(この人はきれいな英語を話したので)彼はキョトンとして「メトロが止まる??そんなことあり得ないよ、こんな日に。メトロは5時以降すべて無料になるのさ!!」はぁ〜〜、左様でございますか。私のフランス語の能力はこの程度なのね。人の話を脇で聞いていて、しっかり思い違い。大笑いでした。しかし、いまさら出かける元気もなく、初めてで、おそらく最後の経験になるであろう「パリのお年越し」はあえなく消滅。まぁ、部屋での酒盛りとは相成ったのでした。

そして、0時。街がガヤガヤしているなと思ったら、パンパンと大きな音がして、花火が打ち上げられている様子。フム、なるほど。今頃
シャンゼリゼでは、と想像をたくましくしておりました。
するとそこへ、大きく扉をノックする音。何事ならんと緊張が走ります。おそるおそる開けた扉の向こうには、気のよさそうな掃除係のおばさんが立っていて。「Happy Newyear!」とかなりな寸法のチョコレートの箱をくれました。「わがホテルからの、新年のご挨拶」と
言うことらしい。(日本語に訳せば。)はぁ〜、そういう風習があるんですか、と。 日本に戻ってから開けましたら、留守番していた者たちをたっぷり喜ばせてくれる、質と量でした。

初めてのパリでの年越しは、いろいろな驚きと珍しさに満ちていて私の「旅に出たい病」はまだまだ治りそうもありません。













































東京で見るオルセー美術館展

 パリはセーヌ河畔に立つオルセー美術館は、中身の美術品の素晴らしさは言うまでもありませんが、街から見た、その「立ち姿」もとっても素敵なんです。
1900年のパリ万国博覧会開催に合わせて、オルレアン鉄道によって建設されたオルセー駅の駅舎兼ホテルであった建物なんだそうですが。

私は、パリへ行くチャンスがあると必ず、ここを訪れる。入っただけでとっても幸せな気分になれるのです。
ロダンの彫刻の群れ、中でも「天国の門」の大きさと精緻さに圧倒されますし、美術の教科書で何度もお目にかかるミレーの「晩鐘」や
「落穂拾い」にも会えます。(何にでも感動すると、その次・の行動に走ってしまうワタシ、ある年のパリへの旅で、素敵なお嬢さん一人を伴にミレーがこれを画いたであろう“ヴァルビゾン”の野原へ、自転車を走らせて、夕焼けを見に行ってしまった!)

アール・ヌーヴォーの家具や、ガレの作品たち・・ 挙げればキリがない程の絶対的な美が詰まっている空間です。

その作品群が東京へやって来ました。今回一番の呼び物はマネの
「笛を吹く少年」です。あまりにも有名な。

夏休みの一日、孫二人を連れて朝、一番に入場。これは大正解でしたね。我々の後、15分位でわぁー〜と混み合って来ましたから。
三人分のイヤフォンガイドを借りました。私は最初、むしろガイドを聞かないで、自分の想いで見てみようかな、と歩き始めたのですが、
中学1年の孫息子が、しきりに「スゴイ」とつぶやきながら目を輝かせているのを見て、一体何に感動しているのか、知りたくなったのです。これはよかった。パリのオルセーにも日本語のガイドはありますが、やはり日本での展観の為に日本の専門家が力を尽くして制作したガイドは、又別の説得力を持つものだったからです。

 
私はどんな美術展を見る時でも、出来れば一人で歩きたい。絵も彫刻も、あるいは大好きな東洋陶磁器でも。難しい美術論とは無縁な人間ですが、いや、それだからこそひっそりと作品を眺め、沈黙の中で対象とおしゃべりがしたいのです。その点では外国の方が環境がいい、とも言えます。近くでの連れ同志の会話が解らない方が楽!
だから、最初はガイドなしで、と思ったのでした。

作品数は限定されていますが、ひとつひとつの背景を丁寧に解説してもらう、というのもいいものなのだということが改めて解りました。
又、13歳に5か月足りない少年に、この「初めて体験」がどんなお土産を残すのか、もとても興味のあるポイント。
これもおばば様の予想を超えてなかなかの好成績! 面白いコメントを残してくれました。小学校4年生の少女には又、別の受け止め方があったようで。こういうのを、傍で見ているというのもなかなかに
オツなものです。
いい、夏休みの一日でした。





「説き語り音楽塾」の話をしよう!

 「説き語り音楽塾」なんて、ちょっと変わったネーミングじゃないですか?  自分でもそう思いますよ。 でもこれには私の、結構深いこだわりが秘められているんです。

私の音楽生活史をちょっびりお喋りさせて下さいな。

私が大学を卒業した頃、世の中は東京オリンピックで自信をつけた日本が、高度成長経済を謳歌していた時代でした。卒業の春、前年に設立されていた某楽器メーカーの音楽教室ネットの中枢をなす団体に就職。多くの音楽教室講師さんとのつき合いが始まりました。

その少し前から、この企業の音楽教室の講師さんを主なる対象として「音楽能力検定」というものが実施され始めていて、私はその「受験対策講座」を多く担当するようになりました。何故なら、彼女たちにとって最も不得意な部門が「メロディーに和音をつける」「その和音付に基づいて、簡単なvariationをその場で即興的に弾く」という、私の専門とする分野に根差す試験科目だったからです。足掛け30年以上その仕事をしてきました。

しかし、いつも私を苦しめていたのは「対症療法ではダメ!根っこから治療しなくちゃ」という思いでした。「対症療法」とは、「この形のメロディーには、こう和音をつけて・・」と、よくあるパターンに何の理論的根拠もなく「カン」で和音を当てはめて行こうとする人々を
援助することでした。「仕事」というものは、往々にして自分の「心の叫び」とは矛盾するのが世の常。私も随分と自分を抑えて「お仕事」をして来ました。しかし、その時間が長くなればなるほど、自分の奥底のストレスは増大する。
40代の半ば、とうとう私は我慢がならなくなって、「お仕事」と
「自分が芯から納得できる仕事」を両方やろう、と決心したのです。
勿論、「納得の行く仕事」の方がお金にはなりませんし、手間もかかります。しかし、そのころの私は「芸事を職としてしまった以上、"
これがやりたかったのよ"という仕事をしないで死んだんでは哀し過ぎるじゃないの」という思いでいっぱいでした。

それが「音楽塾」の前身の自宅での勉強会を始めた動機です。
ピアノを弾く、ピアノを教えるには、対象である音楽を正確にしかも深く理解することが大前提です。その為にどうしてもあなたの手が持っていなければならない武器。それはまず第一に「和声が解るあなた」なのです。音楽を把握、理解するのは、まず第一にその曲の調性、和声進行が構築している「音楽エネルギーのうねり」を把握できなくてはなりません。
次に、その理解を「水先案内人」として曲の構造を知り、演奏計画を
自分で書き上げることが出来るようになって欲しい。
更には、音楽史の素養に支えられて「この曲を書いた作曲家はどんな時代に生きたのか、どんな音楽スタイルで曲を書いたのか」をつかめなくてはいけません。

「そういうあなた」になってもらうために、私は20年近く前に「説き語り音楽塾」を始めたのです。何が何だかわからないのに、闇雲にピアノの鍵盤をたたくことを止めて欲しくて。「説き・語る」私の言葉を聞いて欲しくて。そしてその中から、あなたが自分で誰の力も借りないで
楽譜という道具を通して「音楽」と語り合う、そんな力を綯(な)い上げて行って欲しくって。

こんな夢みたいなこと、誰も本気で相手にはしてくれないだろうなぁなんて、ちょっと自虐的な気分だった20年前の私。でも。来てくれたんですよ。1期生が8人! そして、「もうダメかな」って思う程
志願者の少ない年があるかと思うと、その次にはモリモリとやって来てくれる・・・ という不思議が起こって。あらあら、と言ううちに
20年が経ちました。

今は、7年前に切り替えた「フランス流儀の和声法」を心を尽くして学んでくれる塾生と、楽しく月に2回の勉強会をしています。
加えて。一昨年から「バッハをきちんと解りたい」という声に応えて
インヴェンション+シンフォニアを終了し、現在は「平均律の2巻」のフーガの分析も欲張って勉強しています。

「平均律のフーガ」は、音楽大学では必ず弾かされる作品なのに、ほとんどのピアノ科学生が、「それって何?」という本質的な問いを問いかけるチャンスを与えられていない、不思議な作品です。

どうでしょう、一度、見学にいらつしゃいませんか?
フーガ・という古今東西最高に精緻な楽曲形式、その中でも非常に優れた作品であるバッハの平均律と思いっきり仲良くなるために。
「初めの一歩」を踏み出しましょう。  まずは、クラスの見学から・・・

 塾生共々、お待ちしています。

 日程は当HPの「スケジュール」から。
 お問い合わせもこのHPからどうぞ。


























新しい企画

 「イベント・スケジュール」の欄でお知らせしましたように、2013.9月と11月に開催しました「音楽の読み方・さらい方
勉強会」をシリーズ化しようと思います。

2014.4.6.(日)を皮切りに、月に一度の日曜日。

 9月の会は、和声クラスの一人が「小さいころから教えて来た男の子が、私の背を追い越す高校生になりまして。木枯らしのエチュードを弾くようになりました。いろいろ、教え方に悩んでいるのですが、アドヴァイスをお願い出来ませんか」と相談して来たのがきっかけでした。 私は答えたのです。「うぅーん、難しい質問だわねぇ。それって、患者を診察させてもらえないのに、診断と処方を聞かれている 医者のようなものでしょ? その生徒さんを一度、私に教えさせてくれたら、何か参考になる意見を言えると思うけれど。」という会話から始まったのです。

その高校生は、体格もよく、よく動く指を持った青年でした。頭もいい。楽しみな子です。しかし、「うたう」ということの本質に対してまだまだ手を加える余地があった。私にとっては、とても楽しいレッスンが出来たし、素敵な若い意欲との出会いになりました。

 私と、その青年の先生との会話を聞きつけた仲間が、「あら、あなただけで習うなんてもったいないじゃない!私たちも聞きたいわ」と
言うので10人ほどが集まったのでした。

 私は常々面白いなぁ、と思っているのですが、わが国では同業者の
レッスンを見せてもらうというのは実に難しいのです。何故かしら、といつも思って来ました。きっと、沢山学ぶことがあるだろうに、と。 そこで、この頼みごとをきっかけに「教え方」と「楽譜との対話」について私の経験したことから何かを汲み取ってもらおう、と
思ったのでした。
 言葉で説明するのは難しいのですが、とてもいい勉強会だったと思います。それは、「楽譜を読む」という、音楽表現のもっとも大切で、ある意味一番難しいことについて、真剣に考えてみるきっかけになったからです。

更に、私がとっても大切な事なのに、この点をきちんと教えてくれる先生が多くない、と不思議に思っていたこと。「楽譜から読み解いた音楽を、さあ、実際にどのようにさらい、練習したら目指した音楽を表現出来るか」という問題です。 練習の仕方、手順は本当に大切なことなのです。

こうした諸々を、月に一度しっかり考えてみましょう。

これまでは、参加者が希望する曲を取り上げていましたが、シリーズ化に当たって、一貫したテーマがあった方がいいと考えて、わが国で
とかく敬遠されたり“難しい”と思われている(ほぼ例外なく、弾かされるのに、本質的には好かれていない)J.S.Bach: のInvention &
Symphonia  に取り組もうと思うのです。
簡単な分析を基に、「どう弾くか」の前に「どううたうか」を真剣に考えてみる。“Inventionは、最高のソルフェージュ教材だ”というのが、永いこと私がいい続けて来たこと。 それを実際に実行してみたいのです。

 どうぞ、お集まり下さい。

合間に、参加者の希望する曲についても、取り上げて参ります。












スペイン紀行 その

今日はクリスマス・イヴ。 スペインでイヴを迎えるなんて、ロマンティック! なんて言い合っていたのですが、実情は・・・

 「12/24は15:00ですべての公共交通が止まります。スペインはいまだに大変敬虔なカトリックの国なので、人々は仕事を終えて家に帰り、家族とクリスマスを祝います。そして、深夜0時の教会のミサに与るのです。それを知らない自由旅行者がうっかり遠くまで出かけていて、マドリードの宿へ帰れなくなる、という話はたくさんあるので、
どうぞ、歩ける範囲のところへいらして下さいね」という注意を聞けたのは、日本人が経営する民宿に泊まった功徳でした。

 しからば、まずは徒歩圏であったマドリードの中心街「Sol」を
見ておこう、と出かけました。宿を出て両側の土産物屋を冷やかしながら坂を上る。家の1階部分(スペイン式に言うと、地上から入る部分が「0階・・グランドフロア」で、日本人式に言えば「2階」部分を「ファースト・フロア・・1階」といいます)をお客の通路に提供する、というか雪国の「雁木」のように一種のアーケイドになっている商店街が、若い人たちの興味をかき立てます。

 
ぽっと広場に出た。するとそこは露店の群れ。みんなクリスマスの飾りを売っている。イヴ・当日だというのに。「今日になって売れるのかしら」と言い合いながら歩く。日本で言うなら、締め飾りを大晦日にガンガン売っている、という訳ですからね。
しかし、結構売れているから面白い。

「トイレ考」で書きました、ちょっとおシャレなショツピングモール
に行き当たりましてね。珍しい、面白い。コルクを原料とした小物だけを売っている店がありました。ワインの栓に使うコルクはこの近くが原料生産地だつたかなぁ〜?なんて自問しながら珍しくてキョロキョロ。ホットワインを売っている店のとなりに、しっかり惣菜屋が。
人々は隣の惣菜屋で買ったつまみで、ハイチェアーでゆったりワインを楽しんでいます。東京郊外のスーパーで見かける「フード・コート」の同類なのでしょうが、もっと小じんまりしている分、親し気な雰囲気があります。我々もワインを1杯と、小盛りのパエリアで思わぬ「ブランチ」。楽しかったわ。

寿司やもありました。日本食はヨーロッパでは将にブーム!
しかし、日本人から見ると「えぇっ〜〜」ということもあります。
ここのも巻物だけでしかも、実に不細工。日本人てこうやって見ると器用なんだね」と言い合いながら歩きます。と、隣の魚屋に魚の名前と絵が掲げられていました。しかも傍に日本名があるではないか。
「おぅ、スズキはスペイン語ではOOって言うんだ!」と歓声が。
私は早速メモ・メモ! こういう「お役立ち情報」を街で拾うのってうれしいですよね。

そうこうする内に14:45位にもなりまして。と、突然広場中の出店が
一斉に店じまいを始めた。本当に15:00!!なんですね。
何だかシンデレラの0:00みたいに片付けは完了。広場はすっかり広くなってしまいました。
いかん、早く行かないと「Sol」だってもぬけの殻になっちゃうゾと急ぐ。ここで案内書にある「スぺイン0km地点」(ここを起点にすべての国道が始まる、という)を撮影出来て一同満足。さぁ、それからは銘々お目当てのグッズを求めてあちこちの店に散ります。
集合時間だけは厳守でネ。 さすがに観光客の集まるこの広場付近は
夕方まで店が開いていましたが、それでも観光用市内循環バスも16:00で止まるそうです。いやはや。

勿論、プラド美術館も、王宮もクローズ。ウーン、ヴァレンシアでのサッカー観戦に重点を置いたのだから、と思いつつもちょっと残念なマドリードでした。































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