驚異的な若者たち

 2016.9月3日。 とんでもなく素晴らしい若者の演奏会を聴きました。

 

Violin:  對馬佳祐(けいすけ)  Piano:  ジャン・ミッシェル・キム

共にまだ27歳。パリ国立高等音楽院大学院コースを終えたばかり。

 

この音楽会の4日前、8/29に本選が行われた「国際ルーマニアコンクール」で

他のすべてを抑えてグランプリを獲得したデュオです。

 

そもそもの発端は、我が敬愛する名ピアニスト・上田晴子さん(パリ国立高等音楽院

室内楽科+ピアノ科准教授)からの1本のメールでした。

「非常に優秀な二人の弟子が、日本で演奏会を致します。聴いてやって下さい。

忙しいあなたに足を運ばせても、決して後悔はさせませんから」というのです。

最後の1行がすごいでしょ?  あの、桁外れの音楽家に、こういう啖呵を切って貰える

お弟子さん、幸せだなぁ~~とまず嬉しくなり、私もあちこち宣伝。

 

加えて個人的な出会いもありました。ピアニストの自宅が、わが家から徒歩7~8分

というご縁。チラシの追加を手ずから持って来てくれた彼に、「ちょっと弾いて」と

厚かましいお願い。これがいいんだぁ!  すっかり応援団になって、切符売りにも熱が

入りました。「彼等は全部暗譜なのよ。あのエネスコまでも。」との合奏の師匠で

ある上田さんの言葉通り、ちょっと傍聴させてもらった練習でも、楽譜は一切使わない。

合せの練習って、我々だと、楽譜に書き込みがいっぱい出来て、必死に楽譜もにらみ、

相手もにらみ・・・になるものなのですが。

 

そして、当日。音楽の友ホールは追加の椅子が運び込まれる盛況。

演奏がすごかったんです。本当にガッキと組んだ二人の音楽が会場の空間を満たして。

 

* L.V.Beethoven   Violin  Sonata 「春」

* J.Brahms          Violin  Sonata  第2番 Op.100

* M.Ravel            Sonata Pour Violin et Piano

* G.Enesco          Violin  Sonata   第3番  Op.25

 

どれも熱演でしたが、殊に殊にエネスコがすごかった!! 誘った友人の評も一致して

そうでした。将に「火を吹くドラゴンのようだ」と思いながら聴いていました。

ラベルもよかったしねぇ。 帰り道、彼らの師匠・上田晴子さんとご一緒に電車で帰る

という幸運に恵まれて。「ラベルとエネスコはつい最近、卒業試験で弾いてますから、

特にみっちり取組めていますね」と伺いました。

 

いやぁ、演奏を聴いていない人に「よかった・すごかった」と言っても伝わらない、という

のも本当でしょうが、是非とも次の演奏会に足を運んで頂きたいのです。

對馬さん、ジャン・ミシェルさんのFace Book で日程は探せます。

 

私が聞いているのは、2016.12.21.  と 2017.2.2. 詳しいことはご本人へ。

 

 

 

 



少年たちの夏

中学3年生の孫がオーストラリアへ行くと言う。 学校単位の行事であります。

1週間という短い旅だけれど、生まれて初めての海外旅行は、最近の

我が家にちょっとした旋風を巻き起こしています。

 

私・この家の「おばばさま」は芯から外国旅行が好き。普段の諸々は節約に

相勤めてでも年に1度の海外見物につなげたい、という性格。しかし、まだ

14歳の少年が、区の行事に参加・連れて行って頂くというのは実に有難いこと

だと、一家で感謝。 しからば。必ず出るのが「日本文化紹介プログラム」

でしょう、というのでおばば様は張り切った、ネ。 

「一緒に行く子たちを呼んでらっしゃい」ということになって。折から、

もの凄い偶然なんだけど、夫の所へ料理を見習いに来ていた少年が同行グループの

一員である事が分かったのも「一服差し上げたい」の動機づけになりました。

 

さて、当日。175cmという見上げるような少年を含む、5人の少年少女が我が家に

やって来ました。中学3年の中心となる3人の少年に、「合流組」の中1と高2の

少女が2人。更にその母たちです。 全員、茶道の嗜みはほとんどない。

 

まずは、友人で英語のプロにチェックを受けた、英文での簡単な「茶道の紹介」を

皆で共有。あちらへ行って、何か聞かれた場合に備える。

そして、私の点前で薄茶を頂きました。 お茶の点前というのは、実演中に話を

するのはご法度。何故なら、人様に差し上げるお茶を点てているのですから、お茶に

何かが飛び込んでは大変ですから。 しかしながら今回は仕方がないので、横を向き

向き、「今、茶筅湯治と言って・・」と、動作の説明を加える。物の名前の解説と。

 

お茶の頂き方だけでも覚えて置いて欲しい、という日本における日常の願いと、外国で

「日本のこと」について聞かれたら・・の備えと。欲張った企画ですからこっちは忙しい。

 

でも、出掛けて行く少年3人は、実に吸収がよく、的確な質問をして来るし、おばば様は

大変嬉しく「ご機嫌サン」でありました。合流組少女二人も素敵で、美しくお茶を喫して

くれました。 

 

当今、茶の湯の世界も高齢化が激しい。元々、どちらかと言うと年配者が幅を利かせる

世界でありますが、私が若かった頃は(1960年代)「結婚前の娘の必須教養・その1」

であったのですがねぇ。各千家の家元でも危機感は持っておられるようで、様々、若者に

茶道を振り返ってもらおう、という試みはなされているようです。

が、なかなか一朝一夕には積み上がって行かないもののようです。私は実母が大変熱心に

励んでいたので、いつの間にか稽古をし、学生時代には強烈なスケジュールを縫って母の

師匠の許へ稽古に通った時期もありました。好きだったんだと思います。魅力はよく解って

いたのでしょう。

 

それにしても若者はいいですねぇ。爽やかです。まったく初めて茶席に座るのですから、

物慣れないのは当たり前。しかし、熱心に見習おうとしてくれるのが爽やかなのです。

少女たちも素敵でした。こういう若い世代と、お茶を稽古したいなぁ、としみじみ

思いました。 

 

お稽古の後は賑やかに食事。夫の出番です。この日のカレー・ライスは特段に美味しかった!

皆の華やいだ気持ちが、夫の鍋にも乗り移ったのでしょうか。

少年たちの健康な食欲がまぶしかった。こういうことも見ている我らを元気づけてくれます。

又、こういう会をしましょうね、と笑顔で散会。お茶を嗜んでいてよかったなぁ、と強く

思った夕べでした。

 

7月が終わる頃、彼らはどんな体験を土産に帰ってくるのかしら。その土産話がすごく

楽しみです。

 

 

 

 

 

 

 

 



久し振りの上田晴子、小林美恵とのデュオを聴く

2016.6.25. 待ちかねた音楽会を聴きました。

 

 わが敬愛する室内楽ピアニスト、上田晴子さんの演奏会です。今回のお相手は、互いを熟知している素敵なヴァイオリン・

小林美恵さん。

プログラムは「ドヴォルザーク: 4つのロマンティックな小品 Op.75」からです。

 軽やかに、匂やかに、二人は本当に楽しく遊んでいるような塩梅。自在な音楽の関わり合いが素敵です。

 

ベートーヴェン: ヴァイオリンソナタ 第10番 Op.96

  これは圧巻でした。 言葉でいろいろ書くことは難しいけれど、つい近日、上田さんにこの曲をレッスンして頂いた、という

若きピアニストが、休憩時間のロビーで私を見つけて「2楽章を弾き出された時、アレ?こんな風に弾けるんだ!こんな姿をした

曲だったんだ、って思ってしまって。涙が出そうでした」と言った言葉が、一番的確に、その日の演奏を語ってくれるでしょう。

 

気負う訳でもなく、さりとて流す訳ではなく。本当に互いを聴きあい、見つめ合ってするアンサンブルとは、こういうものなのね、

と。

 

ラベル: ヴァイオリン・ソナタ 「遺作」

 有名な、よく演奏される3楽章のソナタより、30年も前に書かれた、1楽章のソナタ。 ラベルらしく、緻密に書き込まれた

作品が、二人の名手によって解きほぐされ、二人して楽しみつつ、聴衆を一緒に音楽の歓びの中へ誘いこんでくれる。

「聴く幸せ」とは、こういうものか、と思わせてくれる時間だった。

 

フォーレ: ヴァイオリン・ソナタ 第2番 e moll Op.108

 この曲でもしかり。上田さんの音の色の豊かさ、リズムの自在! いつも相手の出方次第で「打てば響く」反応を用意

している、彼女の懐の深さが、小林さんの造形力と響きあって、本当に素晴らしい演奏だった。美恵さんの音の流麗さと

芯の強さ。相反するようでいて彼女に於いてはしっかりと、豊かに結びついているこの特質がまばゆかった。

 

こういう音楽会が聴ける、というのはなんという幸せだろうか。本当に感謝の気持ちでいっぱいになって、会場を後にした。

 

 

 

 



草津音楽祭を聴いて来ました。

  いささか、古い話になって恐縮ですが。

 2015.8月。随分前から行ってみたかった「草津音楽祭」を聴いて来ました。

きっかけは、博多で私の「和声法クラス」に参加している子が、フルートで受講する。その為に「受講曲の分析を見て下さい」と言って来たことでした。どおお? 皆さん。この私の「自慢の弟子」って素敵でしょ?

「だって、こんな素晴らしい音楽家に見て頂けるんですもの、曲をきっちり解ってからでないと、とても吹けないんですもの」と云ったのです。すっかり嬉しくなった私、彼女と一緒に一生懸命勉強しました。とても楽しい時間でしたよ。

 

そして、草津へ。この音楽祭では、参加・出講している音楽家が毎晩音楽会をします。私も着いた日を含めて3晩聞かせて貰った。そして、「わぉ!キャッ!と思った音楽家のレッスンに潜りこんだんです。普通は入れてもらえないらしいんですが、主催者側にちょっと知り合いがいたものですから。

 フルートの先生はカール=ハインツ シュッツ氏 という、ウィーンフィルのトップ・フルーティスト。まだ30代終り頃かと思われる若さですが、本当にいい演奏家で、私のこの楽器に対する認識を塗り替えてくれました。「フルート、ってこんな音のする楽器だったんだ」って。

又、そのレッスンが素晴らしい。毎朝、個人レッスンに入る前1時間「ウォーミング・アップ レッスン」と称して基礎の基礎、スケールを吹かせる。これがいいんですよ! 私のようにまるでこの楽器を吹けない人間が聴いていても「なるほど、そういう風にさらうのか」と思い、時々「君、そこ吹いて」と指名される受講生の小さな進歩が理解できるのです。そして、音楽的に絶対に譲ってはいけない所、基礎技術の「揺るがせにしてはいけない部分」を若い人に叩き込もうとしている。見ていて小気味がよかった。

後に。参加していた旧知のヴィオラ奏者、ジークフリート・フゥーリンガー氏と共に東京の自宅に来て下さって、一夜、夫の日本料理を楽しんだのですが、誠に人間的魅力にも溢れた方でした。

 

更に、ピアノのクラス。ここでは、3人の若い人を聴いたのだが、「基礎訓練をもっと積み上げてから、こういう人のレッスンに臨もうよ!」と心の中で叫んでいました。選ぶ曲が大曲過ぎるのです。(我が家への道すがら、フルートのシュツ氏とその話になりましたら、彼も、フューリンガー氏も口を揃えて「それは大きな問題だ」と言っていましたね。)それと、私が毎日自分のスタジオを訪ねてくる生徒に言い続けていることを言いたくなったの。

「ねぇあなた、ピアノの前に座る前にもっと楽譜と向き合って!」って。「楽譜」には、作曲家からのメッセージが詰まっているのですよ。

例えてみれば、これから舞台に上がろうとする役者が、その劇の筋立ても、自分がそこで演じる役柄も全く知らないで、(音符という)セリフだけを棒読みにしゃべっている。そんなことにはなりたくないでしょう? 

 楽器の無い場所で、「じっくり楽譜を読む」という習慣をつけて欲しいのです。

それに必要な道具が「和声法」! この曲の構成は?  転調はどこで起こり、それはどんな波乱を音楽に起こしているのか。この調、このフシ、この音型は何を言おうとしているのか。まずは落ち着いて考えてみて!と思いました。

先生たちのご注意、提案、アドヴァイスを受け止めるには、唯「さらう」、「指が廻るようにする」だけでは十分ではないのです。

「曲の内容をつかむ」準備をまず先に。 それから指の面倒を見て欲しい。

 来年は、もっと時間を取ってじっくりと参加したいと思っています。

そして、来年の参加を考えている若い人に提案。「受講準備会」をしましょうよ。ほんのちょっとの努力、「音楽を読み解く」準備を整えてから出かけて行ったら、そうでないより何倍ものプレゼントを講師の方々から頂いて帰れると

思うからです。

もう間もなく2016年が参ります。動き始めましょう!!

 

 



2015.ヨーロッパ二人旅・その パリ

 2015.6.6. ミラノの宿は中央駅のすぐ前で、そのホテルの窓から見下した所に、空港行のバスが停まっている、という素晴らしいロケーション。ゆっくりと朝食を摂ってからバスに乗ります。こういうのんびり、が可能なのが自由旅行のいい所。失敗も沢山しますが、ツァーにはない魅力です。さて、パリはシャルル・ドゴール空港に無事到着。バスで市内へ。今回初めてアパルトマンに泊まった。着いてみるとあまりの狭さにびっくりしましたが、凱旋門から歩けるという地の利と治安も悪くはないこと、値段との釣り合いを思えば文句をいえた義理ではない、と納得。目の前にスーパーもあって、ささやかながら「住むように泊まる」という夢も実現しました。

さあ着替えをして、東京で買っておいた「マリオ・ジョアン・ピリス」の演奏会に飛び出します。この会場で、ドイツはフランクフルトから私に会いに飛んで来てくれる弟子と合流しょうという、なかなかスリリングな計画。“Theatre de la Ville”という古い会場。有難いことに無事彼女は隣の席に座って待っていてくれました。この何とも古色蒼然という会場でピリスを聴く、と言うのも私が経験してみたかったことなのです。 というのも。パリには相当回来ているのですが、毎回「日本では見られないものを」と言うのでオペラとバレエばかりを追っかけていて、室内楽をじっくり聴くチャンスを作らなかった自分に気づいたからでした。

今日のピリスは、ジュリアン・リベール(Julien Libeer)という若い弟子との4手連弾を織り交ぜてのプログラム。この若者を世に出してやろうというのが眼目のようです。

まずは二人の F.Schubert:Fantaisie pour piano a 4 mains (f mineur) Op.103,D 940

この出だしのメロディーがピリスの手から紡ぎ出された途端、「あ〜、この音、この節を聴くだけでも、今日ここに来られてよかった」と思いましたね。何とも言えない音色なんです。曲全体もとても素敵。若者も頑張ってました。

次はジュリアン君のソロでRavel: Le Tombeau de Couperin. (クープランの墓)

これはどうも納得できなかった。ん〜、この曲、こういう曲だったっけ?っていう感じ。そして最後がピリスのソロでSchubert: Piano Sonata 変ロ長調, D 960.

まったく至福のひと時、でありました。

夫・倖三、私、彼女。三人三様の感想を胸に、とても満ち足りて帰って来たのでした。2年前にご主人の転勤で渡独した彼女は、とてもいいピアノを弾く人で、ヨーロッパでの生活をエンジョイしている様子でしたが、パリで室内楽を聴く経験を喜んでくれました。

6月8日

夫が前夜から発熱。疲れもあって風邪をひいたらしい。可哀想だが薬を飲ませて一人でお留守番してもらう。私は諸々予定した用事がありましてネ。切符の取り直しやら、東京の友人に聞いた素敵な図書館を訪ねるやら・・

そしてそのまま音楽会へ。場所は都心からは少し離れる「パリ国立高等音楽院」の構内にあるホールです。私が毎年ペリグーの講習に通う道すがら、ジャン・ジャック・カントロフやミッシェル・アリニョンのレッスンを聴かせて頂きに通った懐かしい場所。6年来なかった間に、この構内に素敵なコンサートホールが二つ出来ていたのです。

この場所を見ることも今回の楽しみの一つでした。ここで私は一つミスをした!開演時間を1時間早く思っていたのでした。翌々日・6/10に行く予定の会と勘違い。で、着いてみれば「あと1時間半あります」という状態で。まぁ、近くのカフェで時間をつぶしてもいいのですが、これもチャンス、と公園にもなっているこの辺りを散歩。こういう「パリでひとり」という時間は素晴らしい。ものすごく解放感があります。(なにナニ?普段は解放されていないのか、って?フフフ) 折から抜けるような青空でしてね。ジュン・ブライド(6月の花嫁)という言葉がありますが、梅雨のないヨーロッパでは6月は最高に気持ちの良いシーズンなのです。人影もまばらな大ホールの広い前庭に座って眺めた青空が忘れられない。

そうこうする内、室内楽ホールも開場。しかしまぁ、なんという世の中の進歩でしょう。当節の音楽会には「入場券」というものが無くてもいいのです。日本からネット予約し、プリントアウトした予約券にあるQRコードを、おニイさんがチャっと読み取っておしまい。まあ、便利というか味気ないというか。6/8のピリスの時は、受付で本来の入場券に取り換えてくれたのですが。昔はこの「入場券」に意匠が凝らしてありまして、思い出にとせっせとファイルしていたものでしたが。

さて、本日の会は。とても面白い企画なんです。演奏はミュンヘン室内合唱団と室内官憲楽団。指揮はアレクザンダー・リーブライヒ(A.Liebreich)


Pascal Dusapin 

(1955〜)という気鋭の作曲家(ナンシー出身。美術科学芸術学美学ソルボンヌ大学で学ぶ。フランコ・ドナトーニの指導で1970年代中葉よりヤニス・クセナキスの講習会に出席した。この時期に「線的」な作曲技法を極めた。

1981年から1983年までローマ留学。1993年から1994年までリヨン国立管弦楽団のコンポーザー・イン・レジデンスに選任される。1979年にエルヴェ・デュガルダン賞を、1993年に芸術アカデミー賞、1994年にSACEM賞交響楽部門等を受賞。東京音楽大学の招きでマスタークラスを開催してもいる。

コレージュ・ドゥ・フランスの開講講義を行った音楽家の2人のうちの1人であり、トロンボーンとオーケストラのための協奏曲「Watt」でUNESCO大賞を受賞した。)

「Disputatio」という作品。これがとてもとても面白かった。演奏がいい!合唱というのは何と凄い音楽素材なんだろう、と思いましたよ。 合唱が「〜〜」とたたきつけるように歌う。残念ながらドイツ語の歌詞は全く解らない。が舞台の壁面にフランス語のキャプションが写し出される。私のフランス語でもあらかたの見当はつく、宗教的な内容なのです。「死とはなにか!」「神とは何か!」なんて具合で。オーケストラとのバランスもよく、これはヨーロッパでも一級品だな、と。

更に、この「超現代」の作品と、フランスではもはや古典であるMaurice Durufleの"Requiem"を対峙させてという企画。すごいことをやるなぁ、とという実感。おまけにこのMaurice Durufleの"Requiem" は、若き日の私にとって大変思い出深い作品でして。何とかお終いまで聴きたかったのだが、50分ほどの地下鉄と、23:00を過ぎた凱旋門からの暗い道を考えると、散々迷った挙句、安全を選んで"Requiem"を諦めたのでした。倖三クンの風邪が恨めしい。夫付ならメトロも道も何の問題もなかったのですが!







  



新しい出会い・オルガンの会

 2014年の秋、とあるご縁で「オルガン奏楽者の会」という集まりに入れて頂きました。藤原一弘先生のご指導の許、沢山のオルガン奏者が勉強しています。キリスト教会(プロテスタント)の関係者が多いのだと思われる。元々が、教会でオルガンの奏楽をしておられる方々の勉強会ですから。

 私は現在、そういう立場にはありませんが、若い頃は奏楽をしていたこともありました。ですから雰囲気に違和感はなかったのですが、何せオルガンに関する知識のないこと。第1回の講義は、ほんとにチンプンカンプン!何が困るって、ラテン語まじりのイタリア語がバンバン飛び出すんです。講議に。周りは随分長いこと一緒に勉強しておられるらしく、「ふんふん・・」という感じで聴いておられます。 さすがに内心どぎまぎしましたですよ。

音楽史も少しはかじっていたつもりですが、ある範囲のことに分け入ると、又、話が違うってことが身に沁みます

元来、厚かましいというか、何にも出来ない、知らない癖に「面白そう・それ、知りたいわ」と思ったら、どんどこ聞きに行ってしまう、という性格なんですがね。この範囲のことについては、ちょっと自分の無知ぶりに驚いていました。紹介者がこの会を主導しておられる方でしたから、何人かの方が、いろいろと気を遣っては下さるのですが、ちょっと孤独感。

がさて、2回目、3回目と辛抱している内に、そこは同じ音楽の話ですから、薄皮をはぐように周りが見えて来ます。「はぁ〜、解ったようで解らなかったこの言葉は、こういう意味だったのか」とか、「ふん、つまりフーカ゛の前身なんだ」とか・・・ こうなって来るとどんどん面白くなる。

そして、藤原先生の主宰なさる演奏団体のコンサートを聴かせて頂く折が増えて。段々、真っ暗闇がほどけて行くのです。

久しぶりに、とても幸せな「学ぶ喜び・知らなかったことを知る嬉しさ」に浸っています。トシを取るのは「ヤダなー」と言うことも多いけど(鏡見るのが嬉しくなくなるしィ、走るのは億劫になるし、人の名前が出てくるまでに時間がかかることが増えるし・・・)反面、こうした新しい出会いのチャンスに、まっすぐ飛びついてゆける時間的自由が持てるのですよ。

イヤな事一つ、素敵なこと一つ。 いやーなことは、さっさと忘れるという、天与の才能を存分に発揮しているこの頃です。忘れさせてくれるものに出会える幸せ!
















「スーパー和声法講座」、ヤマハ銀座店販売ランキング第9位!

 嬉しいご報告です。

ある生徒が教えてくれたんです。「センセー、知ってますか?読みました?“ショパン”の新年号。ヤマハの銀座店で、11月に売れた音楽書・ベストテンに入ってますよぉ〜〜」って。

私は最近、音楽雑誌をちっとも読まなくなっていました。勉強の本は相変わらず貪婪に読むヒトなんだけど・・ で、この素晴らしい生徒さんは、速攻で現物を送って下さったんです。その時の私は。名古屋でお茶人の家にお籠り。とても珍しい、夜に行われる茶事の裏方に専念していたのです。やや「山籠もり状態」だった訳。音楽雑誌を買いに飛んで行ける環境ではなかったのでした。

で、家に帰ったらジャン!と「ショパン新年号」が私を待っていた。「書評も出てますよ」と、彼女は言ってくれたけれど、書評というより「悪くないから買って読んでみたら?」といった推薦文。これは嬉しいお扱いです。雑誌「ショパン」の皆さん、有難う!

まだ、お買い求めでない皆様、読んでやって下さいね。このHPから私にコンタクトして下されば、サイン入りにしてお送りしますから!! 




遂に刊行!  二冊目の和声法の本

 2014年10月、とうとう念願の2冊目の和声法の本を上梓することが出来ました。題名がスゴイ!
「解きながら身につく・土田京子のスーパー和声法」っていうんです。こういうネーミングというのは、一種独特の才能でしてね。
前著「説き語り和声法」とさらに前に出した「説き語り楽典講座」は
私自身の考えです。しかし今回、出版元・ヤマハミュージックメディアの担当者諸氏はとっても積極的な方々で。表紙も思いっきりにぎやか。(近日、このHPにもそのかわいい表紙をUPします!)

とにかく、この本が出来たことを喜んでいます。
何がいいかと言いますと。 
その1. 念願の課題と実施例を一定量載せられたこと。

その2. 「課題の解き方」を分解しながら、手順を追って順次解説
    出来たこと。

現実の問題として、和声法を本だけで、対面で教えてくれる先生につかないで学ぶのは、とっても難しいことです。しかし、日本における和声法をきちんと教えてくれる教師の数の少なさを考えると、難しいことではあるけれども、出来うる限り「読んで解る和声法」の本を片手に「じゃあ、実際に解いてみよう」が可能な本が必要だったのです。 誰もが「あるといいナ」と思いながら、どういう訳か出会えなかった、そんな本が書けました。 是非、読んで下さい。

買って下さる方が一定数に達する頃、定期的に「この本をどう使うか」「課題の解き方の実際」をお話する会を設定したいと考えています。場所は第一に東京・練馬の土田スタジオ、次に希望者が一定数いて下さることを条件に、大阪または京都、博多で開催したいと思っています。

前著「説き語り和声法講座」を出して以後、私の周囲に思いがけない波が渦巻いた。それは、「この本を読んで、これまで何冊の和声の本を読んでもわからなかった“和声法とはどういうものなのか”が、見えてきた。もっとわかりたいから教えてくれ」という方々からのコンタクトでした。しかも、これが「音楽を仕事にしていない人」からのメールが多かったことが、私に新しい目を開かせてくれました。

こんなにたくさんの方々が、「和声法」が解らないと、音楽の楽しみを味わうのに損をするんだ、ということに気が付いておられる!
そのことが無性に嬉しかったのです。

そして5年の時を経て、この度「課題集と実施例」を備えた本が出版出来ました。こうした「解りたい」願望を持った方々には朗報で
あり得ると、ちょっぴり自負しています。どうぞお買い求めの上、熟読、そして、課題に取り組んで下さい。

そして、このHPから「通信添削」に応募して下さい。
いつか将来、この国のどこででも、私の課題を集まって解き合い、
「何故、そこにはその音を置く方が綺麗なのか」を顔を合わせて論じあうサークルが生まれますように。
その日を夢見て、私は10年以上前から東京・大阪・京都・博多に
皆さんのお手伝いが出来る可能性のある「講師」を養成して来ました。楽しい夢が広がって、最近の私はシアワセなんです。

沢山の方からの「読後感想」を待っています。










スペイン紀行・追加のその

 旅の最後のパリを書いていなかったことに気がつきました。

スペインのマドリードでクリスマスを過ごした我々は、パリへ飛びました。2013.12月28日のことです。宿に荷物を置くとまずは街歩き。
コンコルド広場から凱旋門までのシャンゼリゼ通りが、隙間もなく並ぶ露店の村と化しているのにびっくり。すごい人! ちょっとそれらを冷やかして、後は大通りの歩道に出て、バスに乗ります。
歩いていたんでは、いつ、凱旋門まで行けるか分からないほどの人でですから。

私は大きな誤解をしていたのです。 クリスマス時期のヨーロッパは街々の飾り付けが綺麗よ、と友人に聞かされたことと、若い頃のカナダ暮らしの経験から「クリスマスは家族で過ごすもの、街はきっと静かだわ」と勝手に思っていたのです。
パリ暮らし5年、という友人に「その時期はなぁ〜、パリはお上りサンでいっぱいだよ」と言われたのに「そうなのかなぁ??」と正しく
受け止めなかったのがいけませんでした。

いざ、旅の準備を始めてみると、宿の取り難いこと、高いことにちょっと驚いてはいたのですが。年末の美術館・博物館の開館時間をしっかりチェック。翌日29日は、まずは落とせないルーブル美術館へ出かけました。混んではいたものの、さすがにルーブルは懐が深い。これだけの人を呑みこんでしまうのだ、と妙なことに感心しつつ、今の時代と携帯電話に感謝しながらの見物です。美術館歩きは「ご一緒に」というのは、まず無理なのでして、各自の興味が違いますから、どうしても歩度のズレが出て、迷子になります。これを気にしていたのでは、何を見に来たのかわからなくなってしまいます。で、一応「何時にチェックポイント・何々の前で会おうね」と、約束して各自行動。しかし、それも不可となったときは携帯メール・電話の活躍です。 ゆっくり、たっぷり、丸々一日歩き廻って堪能しました。こんなにゆったりとルーブルを見たのは久しぶり。若者もそれぞれの印象を抱えて戻って来てくれて、嬉しかった。

30日はベルサイユへ足を延ばしました。これがなかなか厄介なのでして、パリからの電車で何度迷ったことか! でも今回は大成功。
とても短い時間で行きつくことが出来ました。しかし、なんです。
「おっ、意外に早い」と喜んで、駅から宮殿へ歩き着いてみると「えぇ〜!これ、皆、入場を待ってるの??」と叫んでしまうような長蛇の列。よっぽど帰ろうか、と言いたかったけれど、若者ははて、次にいつ来られるか分かったものではないのですから、ここは辛抱。じっと耐えて並びました。(寒かったわぁ〜)

そして、ようよう宮殿の中へ。(切符を買うのもなかなか・・・)
これが又、まっすぐ歩けないほどの混雑ぶり。ルーブルは器が大きかったので混雑もしのげたのですが、ベルサイユは皆がゾロゾロ歩く廊下が、それほどの幅ではない。ことに、一つの部屋から、次の部屋への接続部がくびれている個所が多く、ここに人が溜まってしまう。
忍の一字・なのであります。

それで、諦めて代表的な場所を見ただけで逃げ出しました。
それからパリへ戻り、到着した日から2度ほど行っては満員で入れなかった「下町の食堂」へ3度目の挑戦。今回は入れた!! いやー、大変な混雑。当然相席です。我らはオランダから来た、という若いカップルと隣り合わせました。感心したのは、ウェイレスの記憶力とサーブの早く的確なことです。唯、ちょっとコワイ位のきびきびぶりでしたが。毎日の仕事による訓練のすごさを思ったことでした。

一番若いメンバーの注文に「エスカルゴ」なんてのがあり、一瞬心配しましたが、彼は難なくペロリ。若い適応力に感心。(好き嫌いの少ないアタシ・ですが、あれは苦手なんです!)

30日は街歩きの末にエッフェル塔へ。私は1度だけ登った経験がありまして「これは上がる価値あり」と思っていましたから、仲間にも勧めたのですが、これもまた長蛇の列。うぅ〜ん、、で結局下から見上げるだけに。

31日。いよいよ2013年最後の日です。一旦ホテルへ戻った我々、シャンゼリゼの「年越しカウントダウン」へいってみよう、と言うことになった。話に聞く「6・5・4・3・2・1、Happy Newyear!」で
辺りかまわず近くの人のほっぺにキスする、というアレ。

メトロの駅で。様子がおかしいのです。まずずらりと並んだ券売機のほとんどが「close」。変だなぁ。1台動いている機械の前に長めの列があるので並ぶ。すぐ前に体の大きな青年が3人、機械と奮闘しています。どう見てもパリジャンではない。ベルギーから来たんだと。彼らの困っているのを観察して、こちらは参考にしようという寸法なんです。すると、通りかかった土地の人らしいマダムが「5時以降は切符は売らない」といった身振りをして彼らに注意している。
その3人も「はぁ〜そうなんですか」といった様子で機械の前を離れて行った。
これを見ていた私たち、「なぁんだ、混乱させない為に人の集中を止めてるのね。自由の国フランスにしては不思議な規制だけど」と、素直な日本人は諦めました。電車を止めるんだわ、なんぞと勝手に納得。
「でも、まだ5時よ、年明けの瞬間まで待ちながいわねぇ」なんてぶつぶつ言いながら。
で、駅から3分のホテルに戻ってフロントのおじさんに「不思議なパリの大晦日」のことを聞いてみたら。(この人はきれいな英語を話したので)彼はキョトンとして「メトロが止まる??そんなことあり得ないよ、こんな日に。メトロは5時以降すべて無料になるのさ!!」はぁ〜〜、左様でございますか。私のフランス語の能力はこの程度なのね。人の話を脇で聞いていて、しっかり思い違い。大笑いでした。しかし、いまさら出かける元気もなく、初めてで、おそらく最後の経験になるであろう「パリのお年越し」はあえなく消滅。まぁ、部屋での酒盛りとは相成ったのでした。

そして、0時。街がガヤガヤしているなと思ったら、パンパンと大きな音がして、花火が打ち上げられている様子。フム、なるほど。今頃
シャンゼリゼでは、と想像をたくましくしておりました。
するとそこへ、大きく扉をノックする音。何事ならんと緊張が走ります。おそるおそる開けた扉の向こうには、気のよさそうな掃除係のおばさんが立っていて。「Happy Newyear!」とかなりな寸法のチョコレートの箱をくれました。「わがホテルからの、新年のご挨拶」と
言うことらしい。(日本語に訳せば。)はぁ〜、そういう風習があるんですか、と。 日本に戻ってから開けましたら、留守番していた者たちをたっぷり喜ばせてくれる、質と量でした。

初めてのパリでの年越しは、いろいろな驚きと珍しさに満ちていて私の「旅に出たい病」はまだまだ治りそうもありません。













































東京で見るオルセー美術館展

 パリはセーヌ河畔に立つオルセー美術館は、中身の美術品の素晴らしさは言うまでもありませんが、街から見た、その「立ち姿」もとっても素敵なんです。
1900年のパリ万国博覧会開催に合わせて、オルレアン鉄道によって建設されたオルセー駅の駅舎兼ホテルであった建物なんだそうですが。

私は、パリへ行くチャンスがあると必ず、ここを訪れる。入っただけでとっても幸せな気分になれるのです。
ロダンの彫刻の群れ、中でも「天国の門」の大きさと精緻さに圧倒されますし、美術の教科書で何度もお目にかかるミレーの「晩鐘」や
「落穂拾い」にも会えます。(何にでも感動すると、その次・の行動に走ってしまうワタシ、ある年のパリへの旅で、素敵なお嬢さん一人を伴にミレーがこれを画いたであろう“ヴァルビゾン”の野原へ、自転車を走らせて、夕焼けを見に行ってしまった!)

アール・ヌーヴォーの家具や、ガレの作品たち・・ 挙げればキリがない程の絶対的な美が詰まっている空間です。

その作品群が東京へやって来ました。今回一番の呼び物はマネの
「笛を吹く少年」です。あまりにも有名な。

夏休みの一日、孫二人を連れて朝、一番に入場。これは大正解でしたね。我々の後、15分位でわぁー〜と混み合って来ましたから。
三人分のイヤフォンガイドを借りました。私は最初、むしろガイドを聞かないで、自分の想いで見てみようかな、と歩き始めたのですが、
中学1年の孫息子が、しきりに「スゴイ」とつぶやきながら目を輝かせているのを見て、一体何に感動しているのか、知りたくなったのです。これはよかった。パリのオルセーにも日本語のガイドはありますが、やはり日本での展観の為に日本の専門家が力を尽くして制作したガイドは、又別の説得力を持つものだったからです。

 
私はどんな美術展を見る時でも、出来れば一人で歩きたい。絵も彫刻も、あるいは大好きな東洋陶磁器でも。難しい美術論とは無縁な人間ですが、いや、それだからこそひっそりと作品を眺め、沈黙の中で対象とおしゃべりがしたいのです。その点では外国の方が環境がいい、とも言えます。近くでの連れ同志の会話が解らない方が楽!
だから、最初はガイドなしで、と思ったのでした。

作品数は限定されていますが、ひとつひとつの背景を丁寧に解説してもらう、というのもいいものなのだということが改めて解りました。
又、13歳に5か月足りない少年に、この「初めて体験」がどんなお土産を残すのか、もとても興味のあるポイント。
これもおばば様の予想を超えてなかなかの好成績! 面白いコメントを残してくれました。小学校4年生の少女には又、別の受け止め方があったようで。こういうのを、傍で見ているというのもなかなかに
オツなものです。
いい、夏休みの一日でした。





<< | 2/7PAGES | >>

カレンダー

S M T W T F S
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
30      
<< September 2018 >>

最近の記事

カテゴリー

月別記事

ブログ内検索

携帯版はこちら

qrcode